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井桁絣(いげたがすり),型染と併用した経緯絣

日本における染色と色彩の歴史。日本の伝統色や色名について

四季のうつろい、地理的、歴史的、文化的背景などさまざまな影響を受け、日本の伝統色とされている色の名前は、非常に多くの種類があります。

数々の色の中でも、藍色、紅色、紫色の3つの色は活用されてきた歴史や色の豊富さなどをみると、日本人にとってとりわけ関わりの深かった色とも言えます。

古来、日本人は、色彩や色の表現について特別な感情や独自の感性を持っていたとされます。

古代の人々は、草木にも霊があると考え、草木の霊は特に「木霊こだま」と呼ばれ、一番身近に存在する「和霊にぎたま」としてとらえていたとも言われています。 続きを読む

インド更紗

切本帳(きれほんちょう)とは?『平戸長崎オランダ商館日記』に記載されている染織品について

1602年、オランダが「東インド会社」を設立し、インドネシアのジャワを拠点に、みんや日本と交易を開始します。

この頃になってヨーロッパの文明が、島国の日本に影響を与えるようになるのです。

江戸時代に海外との交易拠点となっていた平戸ひらどや長崎にあったオランダ商館歴代館長が記した公務日誌『オランダ商館日記』には、数々の染織品の記載があります。 続きを読む

分銅文(ぶんどうもん)・分銅繋ぎ文

デザインにおける分銅文(ぶんどうもん)・分銅繋ぎ文

分銅ぶんどう天秤てんびんで物の重量を計るのに用いる銅製の重りで、形は円形の左右に丸いくびれがあります。

分銅の形のおもしろさや、軍用金がこの形に似ていたことなどから分銅文ぶんどうもんとして文様化され、家紋にも用いられてきました。 続きを読む

伊勢型紙(糸入り型紙)

伊勢型紙(いせかたがみ)とは?伊勢型紙の彫刻技法や歴史について

江戸時代における「型紙」の主要産地は伊勢、京都、江戸、会津でした。

この4つの地域で独占的に作られた型紙は、行商人の手によって全国の藍染めを生業とする紺屋こうや(こんや)に売りさばかれてきました。

1000年以上の歴史を持つとされる伊勢型紙(いせかたがみ)は、三重県鈴鹿市の白子しろこ町と寺家じけ町、江島えじま地区が古くから産地として有名でした。

小紋こもん中形ちゅうがた友禅ゆうぜんがた注染ちゅうせんの手拭い型(手拭中形てぬぐいちゅうがた)など、各種の型紙が製作されていました。

現在では需要の減少とともに、数少ない担い手によってのみ生産され、国内で流通する伊勢型紙のほとんどが鈴鹿市の白子しろこ地区で作られています。 続きを読む

岡山に伝わる幻の型染め熊野染(くまのぞめ)・隈染

幻の型染め「熊野染」|岡山に伝わる伝統技法

熊野染くまのぞめとは、江戸時代から明治時代の終わり頃まで、岡山の城下で染められていた型染め技法のことで、「隈染くまぞめ」ともいわれます。

一般的には「伊予染いよぞめ」と言われており、全国各地でもこの技法が用いられていました。 続きを読む

デザインにおける雲文・雲立湧(くもたてわく)

デザインにおける雲(くも)。雲文(うんもん)の種類や意味について

雲(くも)は気象状況や季節によってその形は様々に変わりますが、雲の模様(文様)は古くから意匠いしょう(デザイン)に活用されてきました。

雲の模様(文様)は「雲文うんもん」とも呼ばれ、中国や朝鮮ではさまざまなデザインが作られてきました。

中国では、山中の巨岩きょがんから雲気うんきが湧き出るとされたことから、「雲気文うんきもん」と呼ばれました。

日本では奈良時代に中国の影響を受けて、さまざまな意匠いしょう(デザイン)において雲文うんもんが取り入れられるようになったとされます。 続きを読む

麹塵(きくじん)・山鳩色(やまばといろ)の色合いと山雀唐草文様

色合いにおける麹塵(きくじん)

麹塵きくじんという色合いは、文献や年代によって、「青白橡」、「魚綾ぎょりょう」などさまざまな名称で呼ばれていたとされます。

麹塵きくじんは、青色の一種で、中国では古く『周礼しゅらい』にその名前がみられます。

周礼しゅらい』は、儒教経典(十三経)の一つで、『礼記』『儀礼』とともに「三礼」を構成する書物です。

周礼しゅらい』は、紀元前11世紀に周公旦しゅうこうたん(中国の周王朝最初の王である武王の弟)が作ったとも、前漢代の学者である劉歆りゅうきんが作ったともされます。
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デザインにおける檜垣文(ひがきもん)

デザインにおける檜垣文(ひがきもん)

檜垣ひがきは、檜(ひのき)の薄板を網代組あじろぐみにした垣を意味し、檜垣文ひがきもんは、この網代組を文様化したものです。

網代あじろは、草や竹、木材などを材料に縦緯、あるいは斜めに交互に編んだもので、その編まれた様子を「網代組あじろぐみ」などと呼びます。 続きを読む