素材」カテゴリーアーカイブ

樹皮布とは。ハワイ諸島で発達した樹皮布の版染めについて

織物の原型とはいかないまでも、織布の先駆けともいえるものとして、樹皮布じゅひぬのが挙げられます。

樹皮布は、アフリカ、南太平洋諸群島、南アメリカで古くはみられ、そのなかで、図柄や技法がともに発達していたのは、ハワイ諸島やサモア諸島でした。 続きを読む

燻革(ふすべがわ)とは?藁や松の煙で革を染める技法

革染めで有名なものに、燻革ふすべがわというものがあります。

燻革とは、ふすべという言葉にあるように煙を利用して染められた革のことです。

人類史上、けものの皮の保存方法として原始的に最初に気づいた手段は、煙でいぶす煙なめしであったとされていますが、煙で染色できるということもその関連で必然的に発見されたのでしょう。

稲藁いねわらの煙を使用すると赤と黄色の中間色である燈色ひいろから茶色になり、松葉や松根の煙では、鼠色ねずみいろのように染まります。

藁と松根を併用すると、鶯色うぐいすいろ(灰色がかった黄緑色)になります。さらに藁を重ねていくと、濃い茶色となっていきます。 続きを読む

繻子、綸子、縮緬、絹ちぢみ。江戸時代から人々に好まれた絹織物4種

江戸時代から好んで使われ始めた絹織物に、繻子しゅす綸子りんず縮緬ちりめん、絹ちぢみがあります。

繻子

繻子しゅすは朱子とも書き、経糸と緯糸が交差する部分(組織点)が連続せずに、すきまが一定で間隔が長く空いているため、経糸の浮き上がりが多く、斜文織(綾織の総称)よりもさらに光沢感やツヤ感を感じます。

綸子

綸子りんずは、もっとも光沢感を出す組織とされる繻子織を地にして、模様の部分を繻子織の裏側の組織にすることで、二種類の組織の違いで模様を表した紋織です。

経糸、緯糸ともに生糸を使用しており、織り上がってから精錬(後練り)します。(アルカリ性の液で煮ることで生糸に含まれるセリシン(にかわ質)を取り除く)

ちなみに前もって経糸も緯糸も練って、その練糸で織り上げたものを緞糸どんすと言います。

中国から船にのせて運ばれた織物類は,主として板に巻きつけてあり、錦など重厚な織物は厚い板を芯にするところから厚板物と呼ばれた。一方、綸子などの薄い織物は、薄い板に巻きつけられていたことから薄板物とも呼ばれたそうです。 続きを読む

オーガンジー加工とは? Organdie finish

オーガンジー(organdy、organdie)は、経糸、緯糸に細糸を使用した平織などの、透け感のある硬めの薄地織物です。

もともとは綿織物ですが、レーヨン、シルク、アセテート、ナイロン、ポリエステル繊維にも用います。

綿布は、パーチメント加工により透明度が高く、硬い風合いとなります。綿が溶ける寸前の濃度の硫酸に布を漬けて、水洗いをし、さらに※マーセル化処理をします。

さらに硬くするためには、糊料(こりょう)・樹脂加工剤を付けて乾燥した後、光沢を出すためにカレンダー加工をして仕上げます。

※マーセル化・・・強アルカリの苛性ソーダ(水酸化ナトリウム溶液)を含んだもので、繊維を加工すること。縮みを防ぎつつ処理することで、繊維が引き締められ、滑らかにするために絹のような光沢と感触を生じ、強さも増します。

関連記事:リップル加工とは?シルケット加工とマーセリゼーション。綿繊維の収縮を利用して、生地を加工する方法。

撥水加工(はっすいかこう)、撥油加工(はつゆかこう)とは?

撥水加工は、繊維に水をはじく性質を与える加工のことです。

科学的処理加工によって、撥水剤を結合し付着することで、繊維の性能を変えています。

ジルコニウムやチタン化合物とパラフィンエマルジョンの系統は、ジルコニウムやチタンが繊維とのなじみを良くし、アルミニウム系よりも耐久性のある撥水性が得られます。

綿やレーヨンの水酸基と化学結合して、耐久性のある撥水剤として、ICIのVelan PFやDu pont(デュポン社)のZalan APは、脂肪酸アミドのピリジニウム塩であり、しみ込ませてから乾燥させ、熱処理を150℃〜180℃で3分〜5分行います。その後、ソーピングが必要です。 続きを読む

オパール加工とは? Opal finish

オパール加工とは、耐薬品性の差を利用して、混紡交織物の一方の繊維だけを除去して、透かし模様を出す加工のことです。

オパールは、宝石の名前からきており、本来は布の上にオパール調の模様を出すオパール捺染のことでした。オパール加工は、抜食加工(burn out finishing)とも言います。

また、布全体を抜食するオールバーンアウト加工(All burn out)もあります。 続きを読む

江戸〜昭和初期の古布から、着用した人々の人生、想いを書き留めた名著、『襤褸達の遍歴ーこぎれ四百姿』堀切辰一著

1987年1月21日、古民具店を経営していた堀切辰一氏が、『襤褸達の遍歴』という本を出版しました。

この本は、約15年かけて全国から集めた着物やふとん地の布400枚が、4センチ×12センチに切り分けられ、貼り付けられています。

江戸から昭和初期にかけて生産された布たちの用途、材質、産地を一枚ずつ調べ、可能な限り身につけていた人から着物にまつわる話を聞き出して、解説が書かれているのです。

襤褸(らんる)とは、「ぼろきれ」や「ぼろ」のことを指し、使い古した布や、補修されて継ぎ接ぎだれけの布を意味しています。

堀切氏は、「ぼろ」ではなくあえて襤褸(らんる)と呼んでいました。なぜなら、小さな布もまだ使命を持っており、役に立たないものではないから「ぼろ」と呼ぶのはふさわしくないと考えていたためです。

古着としても歴史資料の価値がある着物を切り刻んで本に張るのには、やはり周囲の反対があったようですが、「布に込められた人生と思いは、実物の布に触れてもらわないと伝わらない」と堀切氏はあえて本に残したのです。

襤褸 

経糸がからむし糸、緯糸に絹糸で織られた布

続きを読む

日本における絹(シルク)の歴史。人間が蚕と紡いできた歴史とこれから

シルクの起源は、紀元前2650年前、古代中国の神話伝説時代の8人の帝王の一人で黄帝の妃である、西稜が繭(まゆ)から糸をとり出すことを考え、貴人などのそばに仕える女性たちに養蚕と製糸の技術を教えたことから始まったとされています。

殷代安陽期(紀元前1200〜1050年)に出土した甲骨文字の中に「蚕」「桑」「絹」「糸」に関する文字が見られることから、遅くとも殷王朝時代の中国では、(紀元前1600年頃〜紀元前1046年まで続いた中国最古の王朝)すでに養蚕が行われていたとされます。

シルクロードを通じて世界へ

長きにわたって技術は国外秘にされていましたが、絹織物は、古代ギリシャのアレキサンダー大王(紀元前356年〜紀元前323年)の頃から絹の交易の道であったシルクロードを通じて国外に輸出されました。

シルクロードは、長安からシルクロードの分岐点として栄えた敦煌とんこう新疆しんきょうの砂漠を通り、一方はインドへ続きます。 続きを読む

シルク(絹)繊維の性質と構造、美しい光沢感が生まれる理由

シルクは、綿や羊毛と違い連続した細い繊維でできていて、しなやかな感触と優雅な光沢感を持っています。

シルクを産出しなかったヨーロッパでは、シルクはシルクロードを通って遠く中国から運ばれ、同じ重さの黄金と同じ価格で取引されたと言われています。

人類は5000年以上も前から、マユを利用して糸をつくることを知っていたようですが、現代においては貴重で最高の繊維とされているシルクの特徴としては、さまざま挙げられます。 続きを読む