織り」カテゴリーアーカイブ

丹波布とは?柳宗悦に見出され、木綿を主体に絹が緯糸に使われた交織布

丹波布たんばぬのと呼ばれ、親しまれている織物があります。

丹波布とは、現在の兵庫県氷上郡青垣町佐治ひかみぐんあおがきちょうさじ地方を中心に、幕末から明治中頃にかけてのみ盛んに織られました。

木綿を主体に、緯糸に絹糸を織り込んだもので、産地の佐治では「縞貫しまぬき」と呼ばれ、他の織物とは区別されながら発達していきました。 続きを読む

名物裂とは?金襴、緞子、錦、繻珍、風通、金羅、金紗、印金、間道、天鵞絨、モール、更紗について

特色ある染織品を、名物裂めいぶつぎれと呼ぶことがあります。

名物裂は、鎌倉時代から江戸時代初期にかけて主に中国やインド、ベルシャや東南アジアから渡来した絹織物の呼び名のひとつです。

名物裂と名付けられ、尊重されるようになる織物との関係が深いのが「茶の湯」です。 続きを読む

絣(かすり)の歴史。日本の庶民に愛された絣文様

江戸時代後期から明治、大正、昭和の時代にかけて、庶民の間でとりわけ親しまれたものに絣があります。

絣とは、経糸か緯糸のどちらか、あるいは経糸と緯糸の一定部分を、糸や布などで括ったり木の板で挟むことによって防染して染めた糸を使用し、織り文様を表現したものです。

織物の組織としては、絣は平織りと繻子織りしゅすおりにみられます。
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江戸時代、日本各地で生産された有名な織物、染め物一覧。『毛吹草』『女重宝記』の文献から

江戸時代(1603年〜1868年)に入ると、染織技術の向上によって、日本各地で特色のある織物や染め物が生産されるようになりました。

1638年に松江重頼によって出版された『毛吹草けふきぐさ』、また、1692年に艸田寸木子によって出版された『女重宝記おんなちょうほうき』には、かなりの種類の織物や染め物が記載されています。

『毛吹草』から見る日本の織物、染め物

まず、松江重頼によって1638年に出版された『毛吹草けふきぐさ』には、日本各地で生産されていた織物染物が記載されています。

下記一覧は、髙田倭男著『服装の歴史』から参照しながら記しております。 続きを読む

ファンシーヤーンクロスとツイードについて。

ファンシーヤーンクロス

特殊な紡績糸(スラブ糸、ネップ糸、むら糸、粗糸など)や飾り撚り糸を使って布の表面に変化や味わいをもたせたものを、ファンシーヤーンクロスといいます。

素材や太さ、異なる色糸を数本撚り合わせたり、天然繊維としての素朴な味を出すために、小さな葉かすやネップを布面に残すように織ったものもあります。

ツイード

ツイードは、もともとはイギリスのスコットランドで羊毛を手紡ぎで糸にし,手織りでつくられたのが始まりです。

太い糸で、綾織りされたもので、ボーダー地方のツイード川流域で作られたため、この名前があるとされます。また、英語でTwillは、綾織りのことを指しますが、誤訳で「ツイード」として世界中に広まった説もあります。

ラペット織り、ドビー織り、ジャガード織りとは?紋織りの種類について。

平織り、綾織り、朱子織りなどの異なる組織や、異なる色糸を組み合わせることによってできる織物の総称として、紋織りという言葉が使われます。

今回は、紋織りのなかのラペット織り、ドビー織り、ジャガード織りについてです。

ジャガード織りを理解するのは難しいですが、なんとなく理解するためにも、英語ですがいい動画がありましたので、本記事の最後に、ぜひ見てみてください。 続きを読む

平織り(ひらおり)、綾織り(あやおり)、朱子織り(しゅすおり)は織物の基本。

織物には基本とされるものがあり、平織り、綾織(あやおり)、朱子織(しゅすおり)は、三原組織と呼ばれています。

平織り

平織りは、経糸と緯糸が一本ごとに、規則正しく上下入れ替わりながら織られるもので、一番シンプルな糸の組み合わせで、表と裏が同じです。シンプルがゆえに、生地が丈夫になり、織物の数は多岐にわたります。

綾織り

綾織は、経糸と緯糸がたがいに二本以上飛んでは交差させることで、斜め方向に畝(うね)を表現したものです。この盛り上がった畝(うね)を、綾目(あやめ)、もしくは斜文線(しゃもんせん)と呼びます。

綾織りは、平織りほど布地の質(地合い)が緊密ではなく、すこし柔らかい感じになります。綾織りは、斜文織りともいいます。

朱子織り

朱子織りは、経糸と緯糸が四本以上飛んでから交差し、その交差する場所が互いに隣り合わないように規則的に配置されて織られます。どれくらい経糸と緯糸が交差するポイントとポイントの間が飛んでいるかどうかで、五枚朱子や八枚朱子とも呼ばれたりします。

糸が飛んで長く浮いているので、布に光沢感となめらかさが表現できる一方、摩擦に弱いという欠点があります。 続きを読む

伝説の綿織物、ダッカ・モスリン。

今では伝説として語り継がれていますが、現在のバングラデシュの首都ダッカでは、高度な技術によってつくられたダッカ・モスリンという伝説の織物がありました。

今、現存するものはロンドンのヴィクトリア・アルバート博物館で保存されているようです。

バングラディッシュは、インドから独立した国なので、イギリスが植民地統治をしている以前は、インドの綿業の中心地であり、その生産量や染色技術においてももっとも世界で進んでいたと言われます。

当時はもちろん機械がなく手工業だったので、糸は手紡ぎされていましたが、その糸が非常に細く、それをもってして薄い織物を織っていました。

インドで手つむぎをイメージすると、ガンジーが糸車を回している有名な写真を思い起こしますが、当時細い糸を紡ぐときも、早朝に霧の立ち込める川のほとりで糸車を回し、指先に油をつけながら紡いだといわれています。

早朝の霧、そして川の近くで湿気っぽい場所が、糸をつむぐのに適していたのです。 続きを読む