紫色を染める材料としては、古代から紫草が主に使用されてきました。
紫草(学名 Lithospermum erythrorhizon)は、ムラサキ科の多年草で、日本や中国、朝鮮、ロシアなど広く分布しており、山地や草原に自生しています。

紫草,Lithospermum erythrorhizon,yakovlev.alexey from Moscow, Russia, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons,Link
日本の色名に、ヤマブドウの実が熟したような赤紫色のことを表す、葡萄色があります。
葡萄は、甲殻類の海老ではなく、果物のブドウのことです。
平安時代になり、王朝文学に多数出てくる葡萄染は、『延喜式』(927年)に記されているように紫草の根のよる染色であると考えられます。
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『延喜式』の縫殿寮雑染用度条には、「葡萄綾一疋。紫草三斤。酢一合。灰四升。薪四十斤。帛一疋。紫草一斤。酢一合。灰二升。薪廿斤。」とあります。
ただ、日本の色名には染める材料がその色名になっている場合が非常に多く、ブドウ科ブドウ属の葡萄蔓(蝦蔓)で染めたものが葡萄ではないかという説もあります。
葡萄蔓(蝦蔓)の古名が、葡萄(えび)であり、葡萄蔓でもあることから、葡萄蔓(蝦蔓)で染めたものが、葡萄ではないかという理屈です。
今回は紫草ではなく、蝦蔓(えびかずら)を使用した、葡萄色について紹介していきます。
葡萄色(えびいろ)
ロッグウッド(学名 Haematoxylum campechianum)は、マメ科の植物で、属名のHaematoxylumは、ギリシャ語でhaima(血液)とxylon(樹木)の二語から由来し、種名のcampechianumは、原産地がメキシコ湾のカンペチェ湾(Campeche)沿岸であることから命名されています。
血木と呼ばれるのは、材木を空気に酸化させると美しい赤褐色の色が出てくるためです。
原産地は、中米などの熱帯地方で、樹高は6〜12mほどになり、幹にはドゲがあります。
小さくて黄色い花が咲き、幹の中央部の心材が染料として使用され、青紫色の色素であるヘマトキシリンが含まれています。
ロッグウッド,logwood,Haematoxylum campechianum,Fpalli, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons,Link
ロッグウッド(logwood)は、国によって様々な名称があり、イギリスにおいてロッグウッドという名称がはじめて文献に現れたのは、1581年のことです。
17世紀の始め頃からヨーロッパの市場では、ホンジュラスのベリーズから産出するものとユカタン半島のカンペチェから産出するものの棲み分けがされていました。
カンペチェ産のものの方が、ホンジュラス産のものに比べて品質が優れているとされていたため、名称も区別する必要があったのです。
紫色は、その希少性から世界中のさまざまな場所で、高貴な色・尊い色に位置付けられていました。
地中海沿岸では貝紫(Royal purple)による紫の染色があり、その希少性から王侯貴族を象徴する色とされて、ギリシャやローマへと受け継がれました。
貝紫は、アクキガイ科に属した巻貝のパープル腺と呼ばれる分泌腺からとれる染料で、西洋では珍重されていました。
貝紫,染めた生地と対応する貝,Exhibit of the Museum of Natural History in Vienna,Photograph: U.Name.MeDerivative work: TeKaBe, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons,Link
日本古代の色彩は、薬草と考えられる草木で、草木の中に存在する木霊に祈りつつ染付けがされていました。
飛鳥時代(592年〜710年)、奈良時代(710年〜794年)平安時代(794年〜1185年)の色彩の代表的なものに紫色があります。
紫根染めされた色の総称として「紫」が多く使われていましたが、呼び名は単に「紫」とひとくくりではありませんでした。
深紫(こきいろ)・黒紫(ふかむらさき・くろむらさき)・浅紫(うすいろ・あさきむらさき)中紫(なかのむらさき)・紫・深滅紫(ふかきめつし・ふかけしむらさき)・中滅紫(なかのめつし・なかのけしむらさき)・浅滅紫(あさきけし・あさきけしむらさき)など、さまざまな名前で表現されたのです。
それぞれの紫色の色彩について、取り上げます。 続きを読む