色合い」カテゴリーアーカイブ

藍染と唐草模様

日本における藍染(ジャパンブルー)の歴史。藍作・藍染が発展し、衰退していった背景について

藍染は、古くから世界中で行われてきました。

古代エジプトではミイラを包む布が藍染されており、紀元前2000年前には藍が利用されていたとされています。

藍の色素を持つ植物も多種多様で、それぞれの地域にあった植物を使用し、さまざまな方法で藍染が行われてきたのです。

藍の色素を持つ植物を科別にすると、マメ、アブラナ、キツネノマゴ、タデ、キョウトウチク、ガガイモ、マツムシソウ、モクセイ、クロウメモドキ、キク、ヒメハギ、ランなどが挙げられます。

インドにおける藍栽培の歴史は古く、古代ローマ時代にはインドで商品化されたインド藍がエジプトのアレクサンドリアを経由してローマへ輸入されていました。

アラビア商人によって、エジプトをはじめ地中海方面へと運ばれていましたが、ポルトガルのバスコダガマが南アフリカを回るインド洋航路を発見したことによって、インドにおける藍の生産はいっそう盛んになったのです。 続きを読む

型染めされた木綿の藍染布,唐草模様,長板中型

藍作・藍染と木綿の深いつながり。共に発展し、衰退していった歴史

明治8年(1875年)に、東京大学の初代お雇い教師であったイギリスの科学者であるロバート・ウィリアム・アトキンソン(1850年~1929年)が来日した際、道行く人々の着物や軒先のきさき暖簾のれんなどを見て日本人の暮らしの中に、青色が溢れていることを知りました。

東京の街を歩き、日本人の服装に藍色が多用されている様子を目にしたアトキンソンは、明治11年(1878年)に東京大学で講演し、藍について以下のように述べています。

「日本においては、藍を染料となし、これを使用する量極めて大なり、けだし、他国人のはじめて日本に来たるものも、全国至るところ、青色衣装の非ざるなき(青色の衣装でないものはない)を見てこれを知るべきなり」(久原躬弦、宮崎道正 合訳「藍ノ説」収載)

アトキンソンは上記のように、日本人の生活に占める藍の色の多さに驚いたことを述べています。

この東京大学での講演は、のちに「藍ノ説(ジャパンブルー)」という小論文にまとめられました。

日本中の庶民にとって大切にされてきた、藍染の衣類。

藍染が日本に広がった理由として、木綿との非常に密接な関係がありました。 続きを読む

麹塵(きくじん)・山鳩色(やまばといろ)の色合いと山雀唐草文様

色合いにおける麹塵(きくじん)

麹塵きくじんという色合いは、文献や年代によって、「青白橡」、「魚綾ぎょりょう」などさまざまな名称で呼ばれていたとされます。

麹塵きくじんは、青色の一種で、中国では古く『周礼しゅらい』にその名前がみられます。

周礼しゅらい』は、儒教経典(十三経)の一つで、『礼記』『儀礼』とともに「三礼」を構成する書物です。

周礼しゅらい』は、紀元前11世紀に周公旦しゅうこうたん(中国の周王朝最初の王である武王の弟)が作ったとも、前漢代の学者である劉歆りゅうきんが作ったともされます。
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露草(つゆくさ),蛍草(ほたるぐさ),Dayflower

植物染料におけるフラボノイド類|新緑期と紅葉期の葉のフラボノイド含有量の比較

植物は、降り注ぐ日光の光を、葉でふんだんに受け、光合成を行って二酸化炭素と水で有機化合物を生成しますが、過剰な紫外線は、かえって植物にとって有害となります。

つまり、植物の光合成のためには適度な紫外線は必要ですが、過度な紫外線は細胞を破壊する原因となります。

その紫外線保護のために、フラボノイドが存在し、適度に吸収する役目を果たしていると言えます。

したがって、フラボノイド類は、低地よりも紫外線の強い高地の植物に多く含まれ、樹木よりも草本(茎が木質でない植物)の方が圧倒的に多く含まれています。 続きを読む

黄八丈(きはちじょう)絹織物

黄八丈(きはちじょう)とは?八丈島の絹織物である黄八丈の歴史と染色技法について

黄八丈きはちじょうとは、主に草木染めで染められた黄色・樺色かばいろ・黒色の三色の糸を使って、さまざまな縞模様を織り出す絹織物のことです。

黄八丈きはちじょうは、広い意味で茶系統の鳶八丈とびはちじょうや黒系統の黒八丈くろはちじょうを含めた、八丈島で生産されたつむぎを総称しています。

全体的に渋く、味わいのある色合いであるため、絹織物らしい光沢感は抑えられます。

染色の工程で、乾燥のために長い日数を八丈島の強い直射日光にさらすため、堅牢度けんろうどが良く変色したり退色しづらい特徴があります。

黄八丈きはちじょうは、たくさん使われ、洗われることで、年を経るにつれて、より一層色合いが冴えてくるともいわれたりします。 続きを読む

柿渋が塗られた渋紙に彫られた染め型紙

染色・草木染めにおける柿渋(かきしぶ)

染料として用いられるものに柿渋かきしぶがあります。

柿渋は古くから、防水・防虫・防腐の目的として、自給自足的な生活の中で広く活用されてきました。

製品としては、柿紙や伊勢形紙、紙衣、柿うちわ、合羽(カッパ)、和傘、漆器、酒袋など、さまざまな産業の中で必要不可欠な欠かせない素材でした。

また、漁網には、その網を強靭にするために柿渋による染色(渋染め)が行われていました。

柿渋は、未熟な柿を搾り、渋(シブ)だけを集めた濃厚な液体で、そのまま液体として販売されています。 続きを読む

『画本東都遊』より「紺屋の図」 浅草菴(編) 葛飾北斎(画) 享和2(1802)序刊

紺屋(こうや・こんや)とは?紺屋と諺(ことわざ)について

紺屋は、「こうや」や「こんや」と読みます。

「紺」という名前が登場するには非常に古く、大化たいか3年(647年)に制定された日本の冠位である「七色十三階の冠位ななしきじゅうさんかいかん」で、第五大小青冠の服色に「ふかはなだ」が当てられました。

日本の中世(平安時代後期(11世紀後半)から、戦国時代(16世紀後半)までの500年ほど)においては、「紺搔」「紺座」「紺灰座」「紺屋」など、藍染に関する文献における記載も多くみられます。 続きを読む

ハナモモ(花桃)バラ目バラ科モモ属に着生しているウメノキゴケ(Lichen Parmotrema tinctorum)

染色・草木染めにおけるコケ(苔)。地衣類(ちいるい)による染色方法や歴史について

コケ(こけ)と呼ばれる植物には、スギゴケやゼヒゴケに代表される蘇苔類せんたいるい(moss)とウメノキゴケやマツゲゴケなどの地衣類ちいるい(lichen)が含まれます。

この2種類は別の分類に属する植物であり、コケ(こけ)と呼ばれるのは主に蘇苔類せんたいるい(moss)の方です。

地衣類ちいるい(lichen)の染色は、「コケ(こけ)染め」として知られています。

地衣類ちいるいは、外見的には一つの植物のように見えますが、植物学的には、菌類と藻類そうるいの2種類の植物から成る生活共同(共生)体として、互いに必要な要素を供給しあっている特殊な植物です。 続きを読む

染色にも用いられるマリーゴールドの花

草木染めで木綿を染める方法。濃染剤(のうせんざい)を使用した方法が、簡単で染まりやすくオススメ

ウールやシルクなどの動物性の繊維であれば、比較的かんたんに染められますが、木綿を草木染めする場合は非常に難しいです。

草木を煮出して染め液を抽出しない藍染であれば、木綿との相性が良いのでよく染まりますが、いわゆる草木染めのなかでは特殊な例となっています。

一般的な煮出して染めるような草木染めは植物性の繊維に染まりづらいので、木綿や麻などの植物性の繊維を染めるためには特殊な下処理が必要です。

木綿を草木染めで染色する場合、例外的に絹よりよく染まることもありますが、基本的には絹に比べて染まりが悪く、染まったとしても淡くしか染まりません。 続きを読む

紫草を明晩(ミョウバン)媒染を用い、60度の染め液で染色した際の色合いの例

染色・草木染めにおける紫根(しこん)。紫草(むらさき)の薬用効果や歴史について

紫色を染める材料としては、古代から紫草むらさきが主に使用されてきました。

紫を染める草というので、紫草むらさきと書きますが、染色に用いるのはその根で、「紫根しこん」と言います。

紫草むらさき(学名 Lithospermum erythrorhizon)は、ムラサキ科の多年草で、日本や中国、朝鮮、ロシアなど広く分布しており、山地や草原に自生しています。

樹高は、30〜60cmほどに成長し、6〜7月に白い花が小さく開き、小粒の琺瑯質ほうろうしつの実をつけます。

白い花が群れて咲くことから、「むらさき」の名前があるともいわれています。 続きを読む