「デザイン」カテゴリーアーカイブ

インド更紗

切本帳(きれほんちょう)とは?『平戸長崎オランダ商館日記』に記載されている染織品について

1602年、オランダが「東インド会社」を設立し、インドネシアのジャワを拠点に、明みんや日本と交易を開始します。

この頃になってヨーロッパの文明が、島国の日本に影響を与えるようになるのです。

江戸時代に海外との交易拠点となっていた平戸ひらどや長崎にあったオランダ商館歴代館長が記した公務日誌『オランダ商館日記』には、数々の染織品の記載があります。 続きを読む →

デザインにおける月象文(げっしょうもん)

日本において、月を題材にした模様(文様)は「月象文げっしょうもん」として、古くから活用されてきました。

月の姿が変化していく様子は、季節ごとの情趣じょうしゅ(風情)を表し、「花鳥風月かちょうふうげつ」として好んで詩歌にも詠まれてきました。

工芸品や染織品など、月を模様(文様)に取り入れた優れた作品が数多く作られてきました。 続きを読む →

芸者風俗における服飾

遊廓ゆうかく(遊里ゆうり)にあって音曲おんぎょくを仕事とする女性は、江戸では「芸者」といい、京都や大阪では「芸子」といわれていました。

江戸時代の遊廓ゆうかくは、官許かんきょが限定的に得られていた場所でもあり、働く遊女や芸者は一般市民とは異なった華美な服装が許されました。

そのため、模様(文様)の創案や新しい着付け、装身具など、遊廓ゆうかくで生まれたとされるものが数多くあったと考えられます。 続きを読む →

「小袖 白黒紅染分綸子地熨斗藤模様」慶長小袖(けちょうこどで)地無し

慶長小袖(けいちょうこそで)とは?慶長小袖の特徴について

慶長小袖けいちょうこそでと呼ばれる衣服は、庶民ではなく主に上層武家階級を対象として慶長けいちょう(1596年〜1615年)の終わりごろから元和げんな(1615年〜1624年)・寛政かんせい期(1789年〜1801年)にかけて制作された小袖こそでと推定されています。

主に黒・紅・白の綸子地りんずじ(経糸、緯糸に生糸をつかって織りあげた繻子しゅす織りの一種で、後染め用の生地)、または黒・紅・白の三色に染め分けられた生地に摺箔すりはく(型紙を用いて糊のりを生地に置き、その上に金箔きんぱくや銀箔ぎんぱくを貼りつけることによって、織物を装飾する技法)で柄をつくり、刺繍ししゅうと鹿子かのこ絞りで模様が表現されています。

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デザインにおける檜垣文(ひがきもん)

デザインにおける檜垣文(ひがきもん)

檜垣ひがきは、檜(ひのき)の薄板を網代組あじろぐみにした垣を意味し、檜垣文ひがきもんは、この網代組を文様化したものです。

網代あじろは、草や竹、木材などを材料に縦緯、あるいは斜めに交互に編んだもので、その編まれた様子を「網代組あじろぐみ」などと呼びます。 続きを読む →