織り」カテゴリーアーカイブ

ファンシーヤーンクロスとツイードについて。

ファンシーヤーンクロス

特殊な紡績糸(スラブ糸、ネップ糸、むら糸、粗糸など)や飾り撚り糸を使って布の表面に変化や味わいをもたせたものを、ファンシーヤーンクロスといいます。

素材や太さ、異なる色糸を数本撚り合わせたり、天然繊維としての素朴な味を出すために、小さな葉かすやネップを布面に残すように織ったものもあります。

ツイード

ツイードは、もともとはイギリスのスコットランドで羊毛を手紡ぎで糸にし,手織りでつくられたのが始まりです。

太い糸で、綾織りされたもので、ボーダー地方のツイード川流域で作られたため、この名前があるとされます。また、英語でTwillは、綾織りのことを指しますが、誤訳で「ツイード」として世界中に広まった説もあります。

ラペット織り、ドビー織り、ジャガード織りとは?紋織りの種類について。

平織り、綾織り、朱子織りなどの異なる組織や、異なる色糸を組み合わせることによってできる織物の総称として、紋織りという言葉が使われます。

今回は、紋織りのなかのラペット織り、ドビー織り、ジャガード織りについてです。

ジャガード織りを理解するのは難しいですが、なんとなく理解するためにも、英語ですがいい動画がありましたので、本記事の最後に、ぜひ見てみてください。 続きを読む

平織り(ひらおり)、綾織り(あやおり)、朱子織り(しゅすおり)は織物の基本。

織物には基本とされるものがあり、平織り、綾織(あやおり)、朱子織(しゅすおり)は、三原組織と呼ばれています。

平織り

平織りは、経糸と緯糸が一本ごとに、規則正しく上下入れ替わりながら織られるもので、一番シンプルな糸の組み合わせで、表と裏が同じです。シンプルがゆえに、生地が丈夫になり、織物の数は多岐にわたります。

綾織り

綾織は、経糸と緯糸がたがいに二本以上飛んでは交差させることで、斜め方向に畝(うね)を表現したものです。この盛り上がった畝(うね)を、綾目(あやめ)、もしくは斜文線(しゃもんせん)と呼びます。

綾織りは、平織りほど布地の質(地合い)が緊密ではなく、すこし柔らかい感じになります。綾織りは、斜文織りともいいます。

朱子織り

朱子織りは、経糸と緯糸が四本以上飛んでから交差し、その交差する場所が互いに隣り合わないように規則的に配置されて織られます。どれくらい経糸と緯糸が交差するポイントとポイントの間が飛んでいるかどうかで、五枚朱子や八枚朱子とも呼ばれたりします。

糸が飛んで長く浮いているので、布に光沢感となめらかさが表現できる一方、摩擦に弱いという欠点があります。 続きを読む

伝説の綿織物、ダッカ・モスリン。

今では伝説として語り継がれていますが、現在のバングラデシュの首都ダッカでは、高度な技術によってつくられたダッカ・モスリンという伝説の織物がありました。

今、現存するものはロンドンのヴィクトリア・アルバート博物館で保存されているようです。

バングラディッシュは、インドから独立した国なので、イギリスが植民地統治をしている以前は、インドの綿業の中心地であり、その生産量や染色技術においてももっとも世界で進んでいたと言われます。

当時はもちろん機械がなく手工業だったので、糸は手紡ぎされていましたが、その糸が非常に細く、それをもってして薄い織物を織っていました。

インドで手つむぎをイメージすると、ガンジーが糸車を回している有名な写真を思い起こしますが、当時細い糸を紡ぐときも、早朝に霧の立ち込める川のほとりで糸車を回し、指先に油をつけながら紡いだといわれています。(早朝の霧、そして川の近くで湿気っぽい場所が、糸をつむぐのに適していたのでしょう。)

その生地の薄さについて、さまざまな逸話が残っているようで、インドの伝統的な民族衣装であるサリーを丸めると手のひらにおさまってしまうほど小さくまとまると言われたり、王女が月夜にベランダに出ているのを王様が部屋からみたら裸に見えて、王女を叱ったという話もあったようです。

そんな伝説的な織物ですが、イギリスの植民地化によってはかなく散っていきました。

世界最高峰の綿市場があったインドに入り込んだイギリスでしたが、到底その技術や品質において、インド市場に打ち勝つことはできません。そこでイギリスがとった行動は、インド人の職人の技術をこの世からなくすことでした。

手工業の歴史を辿るとその当時の出来事がみえてます。ただ、そこに悲惨な事件が数多くあったということも、理解しておかないといけないと感じます。

参照:伝説の薄布「ダッカの霧」

バリ島の宗教と文化に深く結びつく格子布。

いくつもの島々からなるインドネシア。

古くから織物が盛んなこの国では、平織りが最も一般的で、無地、縞(しま)、絣なども織られてきました。

現在観光地として世界中から旅行客が集まるバリ島でも、その独自の文化の一役を担うものとして染織が行われてきました。

バリヒンドゥーと呼ばれる独自に発達した宗教生活上では、染織品は舞踊や祭儀の衣装、魔除けの布として非常に重宝され、木綿、絹、金銀糸を使って無地、縞、紋織(もんおり)、綴れ(つづれ)が織られ、華やかな染織文化があります。

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「考古学的織物」とも呼ばれるカード織りとは何か?

「カード織り」はよく、「考古学的織物」とも呼ばれるそうです。

その理由は、20世紀前半のヨーロッパにおいて、古代のカード織りの存在が相次ぐ遺跡の発掘によって明らかになったからです。

カードを使った織物の歴史は古く、紀元前に始まり、ヨーロッパから北アフリカ、中近東、ロシア、中国、東南アジアに至るユーラシア大陸全体に分布しましたが、20世紀に入り、ほとんどの国で姿を消し、忘れたら織物となりました。

19世紀末、ドイツのマーガレット・レーマンは、この古い織物に対して始めて組織的な研究をし、カード織りはテキスタイルにおける不可欠な一分野として認識されるようになりました。

カード織りの由来

カード織りは、ヨーロッパ諸国では、「タブレット・ウィービング(tabletは、木片という意味)」と呼ばれ、アメリカでは「カード・ウィービング」と呼ばれています。

カードは様々な材質のものがあり、アイスランドでは木片を使い、「小さな板で織られたもの(spjaldosid)」と呼ばれていたそうです。

参照:カード織再発見の時代(日下部 啓子)

カード織りってどうやるのか?

カード織りは、穴を空けた四角いカードに糸を通して、それをくるくるとまわすことで織っていきます。

言葉で説明しようとすると、何いっているのか全然わからないと思いますので、中国におけるカード織りについて鳥丸知子さんが専門的に文章を書いていらっしゃるので、ご興味ある方は以下のリンクからご覧いただけたらと思います。

参照:中国におけるカード織りの展開