日本において薄紫色に咲く竜胆は、古くから人々に親しまれてきた植物です。
昔から人々に特に愛された植物は、デザインに際して模様化(文様化)されてきましたが、竜胆は平安時代から染織デザイン(衣服の文様)において好まれていました。 続きを読む
日本において薄紫色に咲く竜胆は、古くから人々に親しまれてきた植物です。
昔から人々に特に愛された植物は、デザインに際して模様化(文様化)されてきましたが、竜胆は平安時代から染織デザイン(衣服の文様)において好まれていました。 続きを読む
紗綾形は、卍形を繋いて構成された文様(模様)です。
光沢のある絹織物である紗綾の地紋(布地に織り込まれた織模様)に、卍を斜めにかさねた「万字繋ぎ」(紗綾形)が頻繁に織り出されたことから、「紗綾形」という模様の名称になったとされます。 続きを読む
燕をモチーフにした文様(模様)である燕文は、日本や中国をはじめとする東アジアの工芸品などのデザインに古くから用いられてきました。
燕は古来より、春の訪れを告げる鳥として親しまれ、縁起の良い象徴とされてきました。そのため、燕文には単なる装飾としてだけでなく、幸福や繁栄を願う意味も込められました。 続きを読む
藍は、古くから世界各地で使用され、人々に一番愛されてきたともいえる植物染料です。
日本において、藍染された色は一番薄い藍白から、一番濃い留紺まで、「藍四十八色」と呼ばれるほど多くの色味があり、それぞれ名前がつけられていました。
それぞれの藍色に名前をつけて区別をしようと思えるほど、藍色を見る目を昔の人々が持っていたともいえます。
藍色のなかで、やや紫味をもった紺色を表す色名として、茄子紺があります。
防染の一種で、日本独自の「注染」という技法があります。ゆかたや手ぬぐい、風呂敷、のれんなどに対して主に使われる技法です。
布を端から90センチずつ、染めようとする模様以外のところに、型紙あるいはシルクスクリーンを使って防染糊を置いて、つぎに折り重ねては同じ型紙で糊を置くという作業を繰り返します。
2反(一反は長さ約10.6m、巾が約30㎝)を同時に染めるので、布は20枚前後に折り重ねられます。これを注染台にのせて、模様になる部分に上から染液を注ぎこんで同じ色の部分を一度に染め上げます。 続きを読む
笹文は笹の葉や幹、根などを表現した文様(模様)で、平安時代から衣服の織り文様、牛車や輿(2本の棒の上に屋形があり、そこに人を乗せて人力で運ぶ乗り物の1つ)などの道具にも表現されました。 続きを読む
長い歴史を経てきた西陣織物には、多種多様な技法によって、さまざまな織物が生産されてきました。
西陣織は、京都で生産され、高級な紋織物として有名です。
生産は意匠紋紙業、綜絖業、糸染め業、金銀糸加工業、織物業、原糸商など、複雑な分業工程を経過して行われてきました。
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藍は、古くから世界各地で使用され、人々に一番愛されてきたともいえる植物染料です。
日本人にとって、古くから藍染の青は身近な色のひとつで、全国各地に藍染をする紺屋(こんや)がありました。
明治8年(1875年)に、東京大学の初代お雇い教師であったイギリスの科学者であるロバート・ウィリアム・アトキンソン(1850年~1929年)が来日した際、道行く人々の着物や軒先の暖簾などを見て日本人の暮らしの中に、青色が溢れていることを知りました。
東京を歩き、日本人の服飾に藍色が多いのを見て驚いたアトキンソンは、明治11年(1878)『藍の説』を発表し、ジャパンブルー(JAPANBLUE)」と表現したとされますが、『藍の説』という題名の文献が実際に存在しているかどうかははっきりとはしていません。

尾州紺木綿『江戸・明治藍の手染め』愛知県郷土資料刊行会
藍染された色は、一番薄い藍白から、一番濃い留紺まで、「藍四十八色」と呼ばれるほど多くの色味がありました。
それぞれの藍色に名前をつけて区別しようと思うほど、藍色を見る目を人々が持っていたともいえます。 続きを読む
すすき(芒/薄)は、秋の七草の一つで、穂が風になびく動物の尾を思わせることから「尾花」という別名があります。
すすきは、秋の野の情景を表現する文様(模様)として、蒔絵や陶器、染色品に多く用いられ、秋草や月、蝶、水鳥、小鳥などと組み合わされて、写実的に表現されてきました。
16世紀の安土桃山時代に作られたとされる「扇面芒丸紋模様繍箔裂」には、芒文が丸紋とともに紅色の練貫地に刺繍で表現されています。
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