弥生時代から古墳時代までの色彩。装飾古墳に使われた顔料について。


日本においては、水稲農耕が始まる弥生時代(紀元前10世紀頃〜紀元後3世紀中頃)以前に用いられた顔料は基本的には赤と黒の2色でした。

原料の赤はベンガラや朱、黒はマンガンの酸化物などです。

「弥生時代」という名称は、1884年に東京都弥生町(やよいちょう)遺跡で見つかった1つの縄文土器とは異なる壷の発見がきっかけとなりました。この土器は縄文土器と異なる「弥生土器」として認識されるようになりました。

弥生時代に続く、日本の歴史の時代区分のひとつである古墳時代、5世紀〜6世紀になると北部九州などを中心にたくさんの装飾古墳(そうしょくこふん)がつくられます。

装飾古墳は、日本の古墳のうち、古墳の壁や石棺に浮き彫りや線刻、彩色などの装飾のある古墳の総称です。浮き彫りとは、平面に絵・模様・文字などを浮き上がるように彫ることです。

線刻はその名のとおり、線を刻んだりすることをさし、装飾古墳でもっとも多いのが線刻による装飾です。

特に今の福岡県や熊本県に集中していました装飾古墳ですが、その内部の壁面には赤、黒、白、青、緑、黄色などの色が塗られるようになったのです。

装飾古墳使われた主な顔料について

装飾古墳に使われた顔料は、主に天然の土を原料とする土性顔料でした。土性顔料の主な成分は酸化鉄です。

酸化第二鉄であれば赤、水和酸化鉄であれば黄土色になりますが、そのほかのさまざまな含有物によって色合いが変化してきます。

以下、使用されていたとされている顔料です。

赤色・・・ベンガラ

ベンガラ(弁柄)という名前は、江戸時代にインドのベンガル地方で産出されたものを輸入したため「ベンガラ」と名づけられたとされますが、主要成分は、酸化第二鉄です。

ベンガラは、着色力や隠蔽力(塗った際に、傷や変色などの表面状態を視覚的に隠す力)が良く、耐熱性・耐水性・耐光性・耐酸性・耐アルカリ性のいずれにも優れている上、人体にも安全なため非常に用途が多い顔料といえます。

弥生時代後期から古墳時代初期にかけて尾張地域(濃尾平野)を中心に生産されていた土器には、直線文・波線文・斜行線文・列点文などを組み合わせた文様と赤色顔料が塗られていました。

これらの土器は、弥生時代後期が最も装飾が華やかな時期で、ギリシャのクレタ島から出土した宮廷式土器の美しさになぞらえて「パレススタイル土器」とも呼ばれています。

実際に現代に残る土器のその美しさには、目を見張るものがあります。

参照:赤彩土器(パレス・スタイル土器)弥生時代後期~古墳時代前期

黒色・・・鉄マンガンの酸化物

非晶質のマンガン化合物を含む粘土、マンガンを含む黒色の鉱物や炭素が使われていました。

白・・・白土 (カオリナイトなどを主成分とする白色粘土)

古くから世界中で、天然の白い粘土(カオリン)を原料に白色顔料が作られました。

カオリンは、含水ケイ酸アルミニウムが主成分であり、中国に高嶺(Kaoling)という山地で産出される粘土が、古くから中国の陶磁器の原料として使用されていたのがその名の由来とされます。

日本では明治維新から大正時代くらいまでの約1000年もの間、顔が白くなるように化粧をする文化がありましたが、カオリンは化粧にも使われていました。

青(灰)・・・雲母類等を含む鉱物集合体(灰色粘土)

装飾古墳における青色は、もともと緑土での色付けとされていましたが、実際には灰色で雲母類等を含む灰色粘土で装飾されていたという調査結果があります。

緑・・・緑土(セラドナイトを主成分とする粘土)

緑土はセラドナイトを主成分とするもので、クリストバライト(二酸化ケイ素の結晶多形ひとつで石英の高温結晶形)が検出されるものがあるようです。

黄色・・・黄色土(含水酸化鉄)

世界中で黄土が採取され、顔料として使われてきました。

装飾古墳に使われて顔料に関する参考文献:装飾古墳の色料について

旧石器時代の洞窟壁画

日本においては、弥生時代以前までは赤と黒の顔料が使用されていたとされますが、ヨーロッパの洞窟壁画にも、赤と黒の顔料が使用されていました。

洞窟壁画とは、後期旧石器時代(紀元前3万5000年前〜紀元前1万年前)に、フランスの南西部とスペインの北部に分布している鍾乳洞の奥深くに、動物像が描かれていたもので、フランスのラスコー洞窟が代表的な遺跡です。
Lascaux painting

引用:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lascaux_painting.jpg

赤と黒の2色が基本的に使われている色ですが、赤は彩度の違いによって黄色から紫がかった色までバリエーション豊かです。

彩度の違いは、酸化鉄を成分とする黄色酸化鉄(オーカー)からつくられた顔料の発色の違いによるものです。

黒色は、有機物である木炭を粉末状にした顔料と、無機物の二酸化マンガンの二種類が使い分けられています。

描いたのは私たちと同じホモ・サピエンスですが、当時の人々がどのような思いで洞窟のなかで絵を制作していたのか、わずかに残る史料から彼らの色彩に対する想いというのを想像してしまいます。


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