人類は、古くから自然の植物から色を獲得して、自ら身にまとう布に対して染色をおこなってきました。
古代の人々が、まずは目の前にある、色のついた土や植物から色を獲得してきたというのは容易に想像ができます。
ただ、古代に始まった染色は色をつけるためだけのものではありませんでした。
もともとは、自分の身を守るための薬用効果を求めてはじまったとされているのです。
目次
祈念と薬用効果を求めて、薬草を使った染色が古代に始まる
日本の古代の人々は、草木が成長し、花が咲き、果実が実るのは、草木に宿る精霊(木霊)の力と信じ、草木で衣服を染め浸けていました。
染色の起源は、草木の葉っぱや花などを擦りつけて染める「摺染」でした。日本の染色技術が飛躍的に発展するのは、4世紀ごろに草花から染料を抽出し、これを染め液として、浸して染める「浸染」の技術が中国から伝わってきてからです。
古代の色彩と染色法の研究者である前田雨城(著)『日本古代の色彩と染』によると、古代の人々は、自分の身を守るための祈念と薬用効果を求めて、衣類を染色して身につけていたとされます。
強い木霊の宿る草木は、薬用として使用された。薬草に宿る霊能が、病気という悪霊によってひきおこされた病状や苦痛を人体からとりのぞき、悪霊をしりぞける作用があるとされたのである。当時の衣類などの繊維品は、その色彩を得るための草木を、いずれも薬草から選んでいるのは、この理由によるのである。
なお、色彩起源説としては、恋愛色、種族区別色、戦闘色、その他各説が存在している。それぞれ根拠を持った説であるが、古代日本の色彩起源として、現存している色彩から考察する時、やはり薬用植物色と考えるのがもっとも妥当といえる。
こうした色彩感覚(思想)も、平安時代に入ると、時代の流れとともに、各種の要素が加わり、次第に変化している。とはいえ、この日本古代の色彩思想はその後も永い間、日本民族の心の底に根強く残り、受けつがれてきているのである。前田雨城(著)『日本古代の色彩と染』
たしかに、実際に草木染めでよく使われる植物をみてみると、もともと薬用として人々に使われていたものが非常に多く見受けられます。
薬を飲むことを「服する」と言われますが、服するものの中で、「衣類として服する」のが衣服です。
身を守るための衣服に、薬用効果のある薬草で染め付けるというのは、非常に理にかなっています。
上村六郎(著)『東方染色文化の研究』においても、染料や顔料は、薬用として使用されたのが、美的欲求のための染色よりも先ではないかと筆者は述べています。
また、薬用効果から発展し、色を獲得してきた目的について『東方染色文化の研究』には、以下のような記述があります。
上代における色料使用の目的は、これを要するに次の三つの方面に分けて考へることが出来ると云う結論に到達するのである。すなわち第一は呪的の意味をもっているもの、第二は識別をする手段とするもの、第三は装飾の意味を有するものの三つである。上村六郎(著)『東方染色文化研究』
お呪い(おまじない)的な意味として、例えば赤色ですと、壹岐の島(現在の長崎県壱岐全島)において、赤土は悪魔を除けるものとして信じられ、牛小屋の壁や柱に塗っていたそうです。
赤色は危害を避けるために使用されたという歴史があり、赤小豆あずきや赤飯を食べたり、赤い着物を子供に着せるのも、古くは魔除けとしての意味があったとされます。
赤色に限らず、色を獲得してきた目的としては薬用効果、そして単なる装飾目的以外にもさまざまであったということがわかります。
草木染め・植物染色の薬用効果
実際に、長年使われてきた代表的な染色植物の主な薬効は以下の通りです。
①藍(タデ科)
蓼藍は、秋になると紅または白い花をつけ、種子ができますが、この実は漢方薬になりました。
種子を煎じて煮詰め、服用すると解熱や解毒の効果があるとされていました。
また、新鮮な葉の汁は毒虫に刺された時に患部に塗ると腫れが引くといいます。
藍で濃く染めた布や紙は、虫除け、蛇除けの効果があるとされており、このことから経文を書く紙を藍で染めたり、野良着に藍染の布が用いられたりしました。
実際に奈良時代の貴重な遺品として、東大寺二月堂には、藍で染めた和紙に銀泥で経文を書いた教典(二月堂焼教)が伝えられています。
抗菌作用があり、近年でも水虫やアトピー性皮膚炎に効果があるともいわれています。
『阿州藍奥村家文書 第五巻』に記載されている、「蜂須賀逢庵光明録」には、藍の薬用効果について以下のような記述があります。
藍染は徃昔うより其香を以て山癘の瘴氣(病気を引き起こすと考えられた「悪い空気」)を拂ひ悪病を除くとなし又は藍瓶の花は食毒を解き熱を去り紺色は毒獣毒虫を退け都て悪魔を遠さくの徳ありと爲せり『阿州藍奥村家文書 第五巻』「蜂須賀逢庵光明録」
上記では、藍の香りによって病気を引き起こすような「悪い空気」をはらい、悪病を除くとされ、藍の液の表面にできる藍の華は、食べ物の毒を解いて、熱を消すというようにあります。
また、毒をもつ動物を退けるともあります。
関連記事:デニム・ジーンズの防虫、虫除け効果。天然インディゴにガラガラヘビが嫌った成分、ピレストロイドが含まれていた
②ウコン(ショウガ科)
ウコン(鬱金)は、みょうがに似た地下茎で、クルクマとも言います。
日本においては、もともと中国からウコンが移植され、栽培が行われてきました。
漢方薬として、止血剤、尿血、胆道炎等に使われていましたが、食品の黄色づけにも古くから使用されています。
主成分は、クルクミンで染色にも使用され、酸性で色が冴えるため、少しお酢を入れて染めると鮮やかな黄色になります。
③梅(バラ科)
果実部分を使い、昔から民間薬として重宝されてきました。
未熟な梅の果実を、薫製にしたものを烏梅と言いますが、煎じて風邪薬や胃腸薬として用いたり、止血や切り傷の手当てにも使用されてきました。
関連記事:染色・草木染めにおける梅(うめ)。梅の染色方法や薬用効果について
④キハダ(ミカン科)
「日本薬局方」という基礎的な医薬品がのっているリストでの名称は、黄檗で、含まれる「ベルベリン」は、殺菌作用が強く、胃腸薬や下痢止めに服用されます。
関連記事:染色・草木染めにおける黄檗(きはだ)。黄檗の歴史と薬用効果、染色方法の一例について
⑤ザクロ(ザクロ科)
ザクロの主成分はアルカロイドのペレチエリンで幹や枝、根っこの皮を使い、条虫駆除薬として服用されます。
果実の皮は、下痢や下血(お尻から血が出る)に効果があるとされます。
明礬で媒染することで黄色を染め、鉄媒染で黒色を染めます。
⑥シコン(ムラサキ科)
紫色の色素としてナフトキノン類であるシコニンと、その誘導体であるアセチルシコニン、アルカニンなどが含まれ、解毒,解熱や皮膚の疾患等に作用すると言われます。
関連記事:染色・草木染めにおける紫根(しこん)。紫草(むらさき)の薬用効果や歴史について
⑦センブリ(リンドウ科)
葉っぱに強い苦味があり、胃腸薬として服用されてきました。和名は「千子」と書き、「千回煮出しても、まだ苦味が残っている」ことに由来します。
⑧チョウジ(フトモモ科)
「日本薬局方」には、チョウジのつぼみから得られるチョウジ油(オイゲノール)が記載されています。
作用としては、胃薬や局所麻酔効果があるとされます。
関連記事:染色・草木染めにおける丁子(ちょうじ)。特徴や歴史について
⑨紅花(キク科)
生薬名は紅花で漢方では、月経不調や産後の腹痛などに効果があるとされます。
関連記事:染色・草木染めにおける紅花。薬用効果や歴史について
⑩やまもも(ヤマモモ科)
やまももは、胃腸の調子を整え、下痢や嘔吐や殺虫、解毒剤等に用いられていました。
関連記事:染色・草木染めにおける楊梅(やまもも)。薬用効果や歴史について
植物染色の抗菌作用
植物染色が布にもたらす効果は、いかほどなのでしょうか。
良い影響をもたらすという観点でいうと、布の堅牢度(強さ)を高める働きと、抗菌作用が挙げられます。
上記の10種染色植物における抗菌効果に関する実験の記載が、『月刊染織α1994年4月号』にあるので紹介します。
実験では、染色された布と未染色の布を比較して、黄色ブドウ状球菌に浸透させて菌の増減の差を検証しています。
評価の基準として、①菌の増減の値の差が1.6以上を◯、染色していない布より、菌の生育を抑制したが△菌の生育を抑制しなかったを×としています。
結果は、以下の通りです。
◯ ④キハダ⑤ザクロ⑧チョウジ⑩やまもも
△ ①藍②ウコン③梅
× ⑥シコン⑦センブリ⑨紅花
もともと抗菌力があるとされたキハダは、しっかりと抗菌作用がみられています。一方で、藍もキハダと同様に抗菌作用があるとされてきましたが、この実験ではその効果はイマイチと言えます。
ちなみに、この10種のなかで菌の増減の差が出て、1番抗菌効果あるといえたのが、ザクロでした。
いずれにしても、キハダ・ザクロ・チョウジ・やまももは、染まるという観点だけでなく、天然の抗菌剤としての役割も果たす非常に優秀な染色植物といえます。
【参考文献】
- 前田雨城(著)『日本古代の色彩と染』
- 上村六郎(著)『東方染色文化の研究』
- 『月刊染織α1994年4月号』
- 『阿州藍奥村家文書 第五巻』