楊梅(やまもも)で染めた色合いの一例

染色・草木染めにおける楊梅(やまもも)。薬用効果や歴史について


やまももは、漢字で楊梅やまももと書き、中国や日本を原産とするヤマモモ科の常緑広葉樹です。

徳島県では、「県の木」に指定されており、高知県では「県の花」になっています。

草木染めにも使用される楊梅やまももについて、薬用効果や歴史を踏まえながら紹介します。

楊梅(やまもも)とは?

楊梅やまももは、木の高さが6m〜20mほどになり、葉っぱは深緑色で4月ごろに花が咲きます。

花が散ると、直径1cm〜2cmのイチゴのような丸い果実ができます。甘酸っぱい味がしますが、傷みやすいため遠くへの輸送が難しく、産地以外で市場に出回りづらい点があります。

ヤマモモ 楊梅

楊梅,ヤマモモ,Yoshio Kohara, CC BY 3.0 , via Wikimedia Commons,Link

白楊梅しろやまももと呼ばれる薄ピンク色のような果実がなる楊梅やまももは、昔から聖梅や水精やまももなどといい珍重されたようです。

根っこには根粒菌こんりゅうきんが共生していて、空気中の窒素を養分として取り込む能力を持つので、やせ地でも良く育ち土壌を豊かにする能力があるため、荒地を緑化する砂防樹としても適しています。

染色・草木染めにおける楊梅(やまもも)

楊梅やまももの皮である楊梅皮ようばいひは、日本において奈良時代には染色に用いられていたと考えられていますが、いつ頃から使用されていたのかはっきりとはしていません。

ただ平安時代には、楊梅色という色名があったと言われています。

江戸時代に入ってからは、桃皮ももかわといわれ、茶色系統の色に使用されていたことが『紺屋茶染口伝書』(1666年)などの染めものに関する書物に記載があります。

成分として、タンニンやミリセチンやミリシトリンなどのフラボノイド色素を含むため、染料としての効果があります。

楊梅皮ようばいひは、煮出しただけでは薄くて明るい感じの茶色ですが、媒染剤の量や種類によって多様な色に染められます。

染色堅牢度を高めるために、蘇芳すおうなどの下染に使う染料としても重宝されました。

ミョウバンを使うと黄色系統で、鉄分で黒っぽくなり、鉄と石灰を使用すると赤みのある茶色、銅を使うと黄色に茶色を混ぜたようなカーキ色になります。

浸染や引き染め、注染など幅広く染色応用されてきました。

江戸時代中期、医者であった寺島良安てらじまりょうあんによって編集された百科事典である『和漢三才図会わかんさんさいずえ(1712年)』には、「楊梅やまもも薩州さっしゅうより出る者良し、汁を煎じて黄褐茶色を染む、又漁網を染むれば即ち久しく䶢水かんすいに耐ふ、柿渋と同じき故、渋木しぶきと名づく」とあります。

つまり、上記では、鹿児島県の楊梅やまももが良く、漁の網を染めれば、海水に耐えるということをいっています。

『絵具染料商工史』(1938年)には、桃皮や渋木の名前で、黄褐色を染める染料として、江戸時代に大阪の染料屋で取り扱われていたようです。

江戸で好まれた黄味の暗い茶色(江戸茶色えどちゃいろ)を染めるため、楊梅やまももが使用されていました。

灰汁媒染による楊梅染め

楊梅(やまもも)で染めた色合いの一例

楊梅(やまもも)で染めた色合いの一例

木灰からとった灰汁あくを媒染剤として使用した楊梅やまもも染の一例としては、以下のような流れになります。

関連記事:草木染め・染色における灰汁の効用と作り方。木灰から生まれる灰汁の成分は何か?

①絹糸1kgを灰汁6リットルに浸して、先に媒染しておく

②細かく刻んだ楊梅やまももの樹皮500gを6リットルの水に入れて熱し、沸騰してから20分間熱して煎汁せんじゅうをとり、同じようにして4回まで煎汁せんじゅうをとる

③染液を熱し、灰汁で先媒染した糸を浸し、20分間煮染したあと染液が冷めるまでおいておく

④糸をしっかり絞ってから、天日の元で乾燥させる

⑤灰汁6リットに乾かした糸をつけておく

⑥さらに濃くする場合は、4回まで煎汁せんじゅうをとった樹皮を用いて、8回まで煎汁せんじゅうをとる

⑦5回〜8回の煎汁せんじゅうを熱し、灰汁に浸していた糸をしっかり絞りさばいてから、20分間煮染し、染液が冷めるまでおいておく

⑧しっかり水洗いしてから天日に当てて乾かし、色合いによっては再度灰汁に浸してから仕上げる

楊梅(やまもも)の歴史

中国において、楊梅やまももは古くから食べられており、日本の古文書『出雲国風土記いずものくにふどき(733年)』には、楊梅やまももの記載があります。

平安時代(794年〜1185年)には、果物として、山城やましろ(現在の京都府南部)、大和やまと(現在の奈良県)、摂津せっつ(現在の大阪府北西部と兵庫県南東部)などから献上されたと『延喜式えんぎしき(927年)』に記載されています。

関連記事:古代日本人の色彩感覚を延喜式から読みとる。衣服令(服色制)と草木染めについて

そのほか、大和物語(951年頃)や清少納言が書いた枕草子(995年〜1010年頃)、平家物語などにも記述があり、古くから日本においても大事にされてきた植物であることがわかります。

Yamato monogatari - Ogata Gekko serie 2

大和物語,Ogata Gekkō, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

大和物語では、藤原忠文ふじわらのただぶみの息子である藤原滋望ふじわらのしげもちが父とともに東国へ下ることになったとき、滋望と交際していたげん命婦みょうぶ楊梅やまももを贈ると、滋望は命婦に「みちのくの あだちのやまも もろともに こえばわかれの かなしからじを」と詠みました。

げん・・・近衛府の将監。女性を呼ぶときに親兄弟の官職を付けて呼んだ。
命婦みょうぶ・・・宮中や後宮の女官。平安時代以後は中級の女官をさす。

薬用としての楊梅(やまもも)

薬用としては、中国で973年に刊行された医薬に関する本である『開宝本草かいほうほんぞう』に記載あります。

中国では果実を薬用とし、たんをとり、嘔吐おうとを止め、アルコールによる影響を緩和する効果などがあるとされてきました。

日本においては、7月下旬~8月上旬にかけて赤褐色せきかっしょく(赤みを帯びたオレンジ色のような色)の樹皮を楊梅皮ようばいひと呼び、使用してきました。

樹皮は、タンニンや強い抗酸化作用をもつミリセチンやミリシトリンを含んでいます。

煎じて下痢などのお腹の調子を整えたり、殺菌や止血作用があるとされ、火傷や皮膚のできものなどの皮膚病に使用したり、捻挫や打撲に粉末を塗ったり、殺虫や解毒薬としてなど民間療法的に用いられてきました。

【参考文献】『月刊染織α 1981年6月No.3』


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