灰汁や天日、雪、海水で布を精錬・漂白する(晒す)方法。雪晒し(ゆきさらし)、海晒し(うみさらし)とは?


江戸時代に奈良では、織り上げられた麻の布を白く晒した(精錬)上質な布が生産されており、当時から、奈良晒ならざらしと呼ばれました。

室町時代には、奈良晒ならざらしの原料となる、イラクサ科の多年草木である苧麻からむし(学名 Boehmeria nivea var. nipononivea)は、苧引おびきという皮剥ぎを行なって、繊維を細かく裂き糸をつないでいく作業である苧積おうみの直前の状態まで半加工して、青苧あおそという状態で流通していきました。

カラムシ畑

カラムシ畑,福島県昭和村,Qwert1234, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons,Link

青苧あおそが全国に流通していったのは、繊維部分のみで余分なものがないため、軽量で出荷輸送に好都合だったためです。

北陸、関東で生産されたからむしが、各地で苧積おうみされ、布として織られました。

青苧あおそを糸にし、織ったままのものでは、茶褐色で染色もうまくいきませんが、奈良では、織り上がった布を晒して漂白する技術が特に優れていました。

Boehmeria nivea - Jardim Botânico de São Paulo - IMG 0250

イラクサ科カラムシ属の繊維,Boehmeria nivea,Daderot, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

灰汁で布を精錬・漂白する(晒す)方法

雍州府志ようしゅうふし』と呼ばれる、山城国(現京都府南部)に関する初の総合的・体系的な地誌のなかに、灰汁を使った漂白の技術についての記述があります。

何都の織る所、特に苧をえらび、織えて後、湯の灰を加え、之を煮る、しかる後木臼うすにて之をく、其後清水にて洗浄し、沙場或は原上にてさらす、此の如きこの数編

「湯に灰を加え」というのは、木灰に熱湯を加えることで、アルカリ性の液体である灰汁あくが取れるのでそのことでしょう。

それをふまえると、以下のような晒しの工程となります。

  1. 灰汁のなかに、生地をいれて煮る
  2. 煮た後、うすのなかで強く叩く
  3. 綺麗な水で、洗う
  4. 砂の上もしくは、野原で天日干しをする
  5. ①〜④を繰り返す

いずれにしても一度で、真っ白になることはないので、長い時間をかけて白く晒していたのでしょう。そして、専門の晒屋が奈良にはあったと考えられます。

小泉武夫(著)『灰と日本人』においても、灰と染織における晒しの技術について、以下のような記述があります。

染色される絹や木綿などをあらかじめ灰汁に浸したあとで染色いたしますと、浸さぬものに比べますと、比較にならないほど鮮明な色彩が得られるといわれます。

これはおそらく、木灰が繊維の周辺の色素や窒素化合物、樹脂、フェノール類、ヘミセルロースなどといった着色阻害物質を、やわらかく溶出除去するための一種の漂白作用であり、これによりまして純粋な白い布をつくることは、その後の染色効果をいっそう鮮やかに演出することにつながるからでありましょう。小泉武夫(著)『灰と日本人

水洗いだけでは落ちづらい不溶性の物質を、灰汁のアルカリによって可溶性にすることで繊維を精錬するのです。

関連記事:草木染め・染色における灰汁の効用と作り方。木灰から生まれる灰汁の成分は何か?

晒す際の水質が染色に影響する

ほとんど変化はないと言っても良いとは思いますが、さらしに使うの水の性質も、のちの染色に影響を与える可能性があります。

前田雨城(著)『日本古代の色彩と染』には、以下のようにあります。

予定されている色彩によっては晒の場所を選ぶこと。灰汁媒染ならば、アルミニウムやカリウム、カルシウムのイオンの存在する水流を、鉄媒染(泥媒染も)ならば、鉄イオン(鉄塩ではない)のある水流を選ぶと、後の染色によい結果が得られる。前田雨城(著)『日本古代の色彩と染

古くから、水に浸けておくことで生地などに付着している余分な汚れを落としたりもしていましたが、水につけておく段階で、その後の媒染にも良い影響を与えるという可能性は確かに考えられます。

天日で布を漂白する奈良晒

奈良晒ならざらしと呼ばれた生地が近世に名をはせた理由の一つに、漂白におけるクオリティーの高さがありました。

奈良晒ならざらしは織りあがった生地を天日にさらすなどして、漂白したことからその名がついた麻の織物です。

永原慶二 (著)『苧麻・絹・木綿の社会史』には、布を晒すことの大切さに関連して、奈良晒ならざらしに関する記述が以下のようにあります。

今日でも越後上布えちごじょうふは独自の雪晒ゆきざらしによって漂白され、その美しさを高めている。江戸時代の木綿の場合も、晒しは完成品の品質を定める決めてといってもよく、松坂木綿まつさかもめん真岡木綿もおかもめんなどの声価は、もっぱら晒技術によっていた。

実際は松坂木綿まつさかもめん真岡木綿もおかもめんなどの名のある場合でも、織布そのものは、ひろく各地の村々で行い、最後の晒を松坂や真岡で行なったのである。同様に奈良晒ならざらしというのも、最終仕上げの工程である晒が奈良で行われたのである。永原慶二 (著)『苧麻・絹・木綿の社会史

江戸時代の晒しの技術は、完成品の品質を決めるほどに重要視されていたということが語られています。

雪で布を漂白する雪晒し

布を晒す技術として、非常におもしろいのが雪の上で布を白くする雪晒ゆきさらしの技術です。

新潟県小千谷市、十日町市を中心に生産される越後上布の雪晒ゆきさらしは、オゾンが食物性繊維を漂白する働きを利用したものです。

雪の上に織り上げた布を広げて、太陽の熱で溶けた雪の水分が、布を通して蒸発するときにオゾンが発生し、それが布を白くするのです。

反物の品物の種類や汚れによって晒す日数は異なりますが、大体約1週間くらい晒すようです。

昔の人は雪の上に布を広げてたら、なんだか白くなったということに気がついたはいいものの、なぜそうなったのかはよくわかってなかったのでしょう。真っ白く見える雪の色が、移るなどと思っていたのでしょうか。

海水で布を漂白する海晒し

海水に布を浸けて、晒す技術に海晒うみさらしがありました。

石川県は能登において、能登上布のとじょうふという麻織物が古くは有名で、昭和初期には機屋はたやが120軒、織物業者が原料を出して、一般家庭の子女などに家で織物を織らせる出機でばたが6000台を数え、麻織物生産数全国一位を誇っていました。

当時、能登上布のとじょうふ海晒うみさらしが行われていた羽咋郡はくいぐん志賀町しかまち上野うわの付近の海岸から、志賀町安部屋あぶやにかけての海岸は、「岩場一帯に雪が降ったように白一色におおわれた」(『志賀町史』)といわれるほど、海晒うみさらしが行われていたのです。

海晒うみさらしは、1940年(昭和15年)まで行われていたという記録があります。

海晒しの工程

能登の海晒うみざらしの工程を『志賀町史』従うと、下記のような流れとなります。

  1. 海岸・岩場の平坦な場所を仕切りで囲って、満潮時に海水を導入できるような洗い場を作る
  2. 布を1日から1昼夜、洗い場で海水に浸けて糊を落とし、引き上げて乾かす。この工程を4、5日間繰り返す。
  3. 布を晒井さらしい神社の弘法池に運び、池の中にむしろを敷いて、その上に置かれたけやき製のうすに4反ほど入れ、3人1組になってきり製のきねでつく。(ヌノカチ)
  4. 布を直径4尺(約120cm)程のサラシ桶に入れて、足で踏みながら、かたわらに湧かしたお湯を手杓てしゃくで汲んで布にかける。その後、4〜5時間寝かせる。
  5. 布を海辺の洗い場の海水中に拡げ、空気が入るように布を膨らませて浸けておく(フカシ)。
  6. フカシ⑤の段階で、よく晒されていない布は、③また行う。
  7. 池ぬ布を浸けて、十分に洗ってからすすぎ、海岸の所定の岩場で天日に晒す(アイアゲボシ)。

海晒うみさらしの仕事は、ほとんどが3月中旬から4月中旬に集中し、大変な作業だったといいます。

戦後は、海晒うみさらしの仕事もまったく行われなくなりました。

沖縄、竹富島での海晒し

沖縄は、古くから紅型びんがたかすりの織物が有名でした。

沖縄県の八重山列島にある島の竹富島たけとみじまでも、海晒しが行われていました。

工程としては、以下のようになります。

  1. 釜に石灰と海水を注いで沸騰させ、その中に織り上がった布を浸して30分ほど煮る
  2. 釜から引き上げた布を浜辺へ運び、海中に引き伸ばして、布に付着した石灰や不純物を洗い落として、そのまま海水に晒しておく
  3. 晒し終えた布は真水でしっかり水洗いして、薄糊をつける
  4. 布の幅出しをしながら、伸子でピンと張り、天日に干して乾燥後に整反すると完成

布を白く晒す技術は、灰汁を使用するにが昔は主でしたが、雪晒ゆきさらしや海晒うみさらしのような変わったものもあり、いずれにしても昔の人々が途方もない手間をかけていたことがわかります。

手間ひまがかかる作業においては、そうせざるを得なかったという苦しい側面の方が大きかったのだとは思いますが、現代の人々が持ち合わせていないような美しい布への追求心や美的感覚をもっている人々が、当時はたくさんいたことでしょう。

【参考文献】

  1. 永原慶二(著)『苧麻・絹・木綿の社会史
  2. 小泉武夫(著)『灰と日本人』
  3. 『月刊染織α1982年7月No.16』
  4. 前田雨城(著)『日本古代の色彩と染』

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