鳶色と呼ばれる色は、鳶(トビ)の羽毛の色のような赤暗い茶褐色のことを表します。
鳶は人里の近くでも飛び回り、江戸時代に生きた人々にとっても馴染みのある鳥でした。
鳶色は、江戸時代初期ごろから、茶系統を代表する色の一つとして扱われていました。
鳶色から派生し、「紫鳶」、「紺鳶」「藍鳶」「黒鳶」など、「鳶」の付く色名がさまざま生まれ、染色がおこなわれてきました。
鳶色を染める材料としては、蘇枋(蘇芳)がよく用いられていました。
目次
紫鳶(むらさきどび)の色合い
紫鳶の色合いに関して、江戸時代後期の風俗習慣、歌舞音曲などについて書いた随筆である『嬉遊笑覧(二・上)』には「衣色住記 男女衣服の流行の染色悉々くあり(略)安永天明の頃は身はゞ広く借着したるが如し、染色ひわ茶、紫とびなり、(略)天明ころ緋はかた世に腹切帯と称す。ひどんす、紫どびははゞ(巾)は二寸五分なり。また天明ごろ紫とび裏地は紅うら」というようにあります。
江戸時代の染色技法書である『染物秘伝』には、『紫鳶 梅皮壱返。すわう貮返 其上蘇枋ニ すかね入貮返。其上蘇枋ニ白凢貮匁入。しやく木の灰にて色を取ル。紫鳶一方 蘇枋四返・水かね壱返、水三ツ二ツ、又すわう貮返。明凢すわう引、後水かねおさへ。」
嘉永6年(1853年)刊の『染物早指南』には、「紫鳶 下染空色 蘇枋 表裏三遍づつ 明ばん水 酸」とあります。
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紫鳶の染色技法の一例
紫鳶の染色方法の例としては、以下のような流れとなります。
なお、あくまで一例ですので染液を煮出す鍋の大きさから、染めるものの分量や目指す色目などによって、煮出す回数や染色回数など変化していきます。
梅の染液を作る→糸染め→鉄媒染→糸染め→中干し→蘇枋の染液を作る→糸染め→酢酸アルミで媒染→糸染め→水洗いし天日干し
①切ったばかりの梅の木枝、もしくは樹皮500gを6リットルの水に入れて加熱し、沸騰してから20分ほど熱煎して、染め液をとる。必要な染液に応じて、4回ほど同じように繰り返し染液を煮出す
②染液を80度まで熱したら、絹糸1kgを浸して10分ほど煮染したあと、染液が冷えるまで置いておく
③おはぐろ、または木酢酸鉄15cc(絹糸の重さに対して1.5%)を15リットルのぬるま湯に入れて、染めた糸を30分ほど浸して媒染し、その後水洗いする
④染液を再び熱して媒染した糸を浸し、20分ほど煮染したあと水洗いし、天日のもと中干しする
⑤蘇枋の芯材を刻んだもの100gを6リットルの水を入れ、米酢もしくは氷酢酸を少量加えて熱し、沸騰してから20分ほど熱煎して、染液をとる。必要な染液に応じて、4回まで同じように繰り返し染液を煮出す
⑥蘇枋の染液を熱して梅で染めた糸を浸して15分ほど煮染し、染め液が冷えるまで置いておく
⑦酢酸アルミ40g(糸の重量に対して4%)を15リットルの水に溶かし、染め液を30分ほど浸して媒染してから水洗いする
⑧蘇枋の染液を再び熱して、媒染した糸を浸し、20分ほど煮染したあと、染液が冷えるまで置いておき、しっかりと水洗いしてから天日干しする
紺鳶(こんとび)・藍鳶(あいとび)の色合い
紺鳶の色合いに関して、『染物重宝記』には「紺とびは下染花色に染る。あいとびは下染そら色に染る。」とあります。
『染物秘伝』には「藍鳶 地上浅キ。 其上すわうの汁ニすかね入壱返。其上生すわう壱返、其上すわう白凢3匁入染。藍鳶一方下濃イ浅黄 蘇枋五返。水かね壱返 又すわう貮返、明ばんおさへ。紺鳶一方 地千草 其上すわう五返。水かね壱返。合セすわう貮返、明凢おさへ。」とあります。
上記の記載では、紺鳶と藍鳶は藍染の濃淡の下染をしてから蘇枋で上染めしていますが、これだけでは藍染が強い色となるため、加えて梅のような素材で茶色を加えていたとも考えられています。
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藍鳶(紺鳶)の染色技法の一例
藍鳶(紺鳶)の染色方法の一例としては、絹糸を染める場合以下のような流れとなります。
糸を藍染する→矢車附子(やしゃぶし)の実から染液を作る→糸染め→鉄媒染→糸染め→中干し→蘇枋の染液を作る→糸染め→酢酸アルミで媒染→糸染め→水洗いし天日干し
①1kgの絹糸を藍染で濃浅葱(濃い水色)に下染めする
②矢車附子の美300gを6リットルの水に入れて熱し、沸騰してから20分ほど熱煎して煎汁をとり、4回ほど繰り返して染液を作る
③染液を熱して、藍で下染した糸を10分ほど煮染したあと、染液が冷えるまで置いておく
④おはくろ、もしくは木酢酸鉄15ccを15リットルのぬるま湯に入れ、染めた糸を30分ほど浸して媒染し、その後水洗いをする
⑤染液を再び熱して媒染した糸を浸し、20分ほど煮染したあと水洗いし、天日のもと中干しする
⑥蘇枋の芯材を刻んだもの500gを4リットルの水を入れ、米酢もしくは氷酢酸を少量加えて熱し、沸騰してから20分ほど熱煎して、染液をとる。必要な染液に応じて、4回まで同じように繰り返し染液を煮出す
⑦蘇枋の染液を熱し、矢車附子で染めた糸を浸して15分間煮染し、染液が冷えるまで置いておく
⑧酢酸アルミ40g(糸の重量に対して4%)を15リットルの水に溶かし、染め液を30分ほど浸して媒染してから水洗いする
⑨蘇枋の染液を再び熱して、媒染した糸を浸し、20分ほど煮染したあと、染液が冷えるまで置いておき、しっかりと水洗いしてから
紺鳶の場合は、藍の下染を藍色に染め、蘇枋の分量も少し多めに使用します。F
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黒鳶(くろとび)の色合い
黒鳶の色合いに関して、『日本居家秘用(八)』には、「黒とび 蘇木の煎じ汁似て二返そめ。その上を楊梅皮の汁似て二返そめ。又蘇木の汁にて三返そめ。椿の灰汁にてとめ。鉄漿をかける。緑礬をかくるもよし。」とあります。
『染物秘伝』には、「黒鳶色 下地楊梅皮 其上ニ蘇枋にすかね(酢と鉄)を入染。其上ニすわう壱返かけ。又蘇枋ニ白凢入れ染上ル也。同梅皮貮返水かねニて黒メ。其上蘇枋貮返。又すわうにすかね少入白凢三匁」とあります。
『中陵漫録』には、「染色(略)五倍子にて二返染て鉄水を淡く掛て。蘇黄にて三遍染て其上に明礬を引く時は黒鳶色となるなり。」とあります。
『染物早指南』には、「黒鳶 丸鉄漿 やしや すはう裏表三遍づつ めうばん(明礬)水七三」とあります。
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黒鳶の染色技法の一例
黒鳶の染色方法の一例としては、絹糸を染める場合以下のような流れとなります。
楊梅(やまもも)の樹皮で染液を作る→糸染め→鉄媒染→糸染め→中干し→蘇枋の染液を作る→糸染め→酢酸アルミで媒染→糸染め→水洗いし天日干し
①楊梅の樹皮を刻んだもの300gを4リットルの水に入れて加熱し、沸騰してから20分ほど熱煎して、染め液をとる。同じようにして6回まで煎汁をとって染液とする(大きい鍋であれば、分量を代える)
②染液を80度まで熱したら、絹糸1kgを浸して10分ほど煮染したあと、染液が冷えるまで置いておく
③木酢酸鉄15cc(絹糸の重さに対して1.5%)を15リットルのぬるま湯に入れて、染めた糸を30分ほど浸して媒染し、その後水洗いする
④染液を再び熱して、媒染した糸を浸し、20分ほど煮染したあと、すぐに水洗いしてから天日の元で中干しする
⑤蘇枋の芯材を刻んだもの100gを6リットルの水を入れ、米酢もしくは氷酢酸を少量加えて熱し、沸騰してから20分ほど熱煎して、染液をとる。必要な染液に応じて、4回まで同じように繰り返し染液を煮出す
⑥蘇枋の染液を熱して梅で染めた糸を浸して15分ほど煮染し、染め液が冷えるまで置いておく
⑦酢酸アルミ40g(糸の重量に対して4%)を15リットルの水に溶かし、染め液を30分ほど浸して媒染してから水洗いする
⑧蘇枋の染液を再び熱して、媒染した糸を浸し、20分ほど煮染したあと、染液が冷えるまで置いておき、しっかりと水洗いしてから天日干しする
【参考文献】『月刊染織α1988年No.91』