蘇芳(学名Caesalpinia sappan)はインドやマレーシアなどの熱帯地域に自生しているマメ科ジャケツイバラカ亜科の植物です。
蘇芳は成長すると樹高が5~10メートルになり、幹にはトゲが多く、葉は鳥の羽が並んでいるような形の羽状複葉で、5月から6月ごろに円錐花序を出し、黄色い花を咲かせます。

蘇芳(すおう),Caesalpinia sappan,Vinayaraj, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons,Link
蘇芳は、その芯材に含まれるブラジリン(brazilin)という天然赤色色素が染料として使われてきました。
染色・草木染めにおける蘇芳(すおう)
日本において、蘇芳は古くから染色に使用されてきました。
平安時代にまとめられた三代格式の一つである『延喜式』(927年)には、染織物の色や染色に用いた染料植物が詳しく書き残されており、蘇芳に関する記載もあります。
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『延喜式』(927年)の縫殿寮雑染用度条には、蘇芳について以下のような記述があります。
「深蘇芳綾一疋。蘇芳大一斤。酢八合。灰三斗。薪一百廿斤。帛一疋。蘇芳大十両。酢七合。灰二斗。薪六十斤。絲一絇。蘇芳小十三両。酢二合。灰六斗。薪廿斤。中蘇芳綾一疋。蘇芳大八両。酢六合。灰二斗。薪九十斤。帛一疋。蘇芳大六両。酢三合。灰一斗五升。薪四十斤。絲一絇。蘇芳小五両。酢一合。灰八升。薪六十斤。帛一疋。蘇芳小三両。酢五勺。灰五升。薪四十斤。絲一絇。蘇芳小一両。酢三勺。灰二升。薪廿斤。」
『延喜式』の縫殿寮雑染用度条
上記の『延喜式』の記述における蘇芳は、酢と灰を使用して染色していることがわかります。
それぞれの分量をみると、灰の量が多く、この灰はアルミ分などが多く含まれる椿灰などが利用されたと考えられます。
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酢の分量も多く、お酢を入れることで蘇芳の色の変化が大きく、蘇芳を煎じて染液をつくるタイミングで使用されたとも考えられます。

蘇芳(すおう)の黄色く咲く花,Caesalpinia sappan,J.M.Garg, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons,Link
万葉の時代における蘇芳(すおう)の染色方法
『万葉集』にのっている歌の多くは、今から1350年前から1250年ぐらいの飛鳥時代から奈良時代の間に作られています。
この100年くらいの間を、「万葉の時代」と言うことがあります。
万葉の時代に行われていた蘇芳の染め方の例として、以下のようなものがあります。
①椿灰汁15リットルに糸1kg20分間浸しておき、しっかり絞って天日のもと乾かす
乾いたら再び同じように椿灰汁に浸けて(媒染)から、乾かす
②蘇芳の芯材を細かく刻んだもの500gを10リットルの水に入れて熱し、その際に30ccの米酢を加える
沸騰してから20分間熱煎した後、笊を受けた容器に煎汁をとる
③3番まで煎汁をとり、1番から3番を合わせて染液として熱し、椿灰汁で先媒染した糸を浸して、糸の綛をかえしながら20分間煮染する
④染液が冷えるまで浸しておき、水洗いして天日のもと乾かす
⑤椿灰汁10リットルの中に、乾燥させた糸を20分間浸して媒染する
天日のもと乾かし、乾いたら再び椿灰汁の中で20分間媒染し、天日のもとで乾かす
⑥3番まで煎汁をとった蘇芳を、再び同じように4番〜6番まで煎汁をとり、染液にする
⑦染液を熱し、中媒染した糸を浸して、20分間煮染する
⑧染液が冷えたらよく水洗いをして、天日のもとで乾かす
濃くする場合には、何回も繰り返して染め重ねる
蘇芳(すおう)の染色におけるポイント

蘇芳色(すおういろ)黒みを帯びた赤色
蘇芳を煎じる際に、水に米酢を加えることが重要です。
理由としては、大きく4つあります。
一つに、色素の抽出を助け、二つには、酸性の染液は色素をよく吸収させる点が挙げられます。
三つには、椿灰汁で先媒染するため、糸がアルカリ性の状態になっているところを米酢の酸で中和し、絹などの素材を傷めなくするためです。
最後に、米酢を加えた染液で染色した場合、染め上がった後の変色や退色、色移り(色泣き)が少なくなるという点があります。
媒染に使用する椿灰汁は、椿の葉を白灰(しらばい)にして水に入れて、撹拌して一晩〜数日置いた上澄み液を使用します。
椿灰や柃、沢蓋木など古来使用されていた植物以外にも、山茶花や黒木、榊なども利用できます。
灰汁のアルカリ分も色合いに大きく影響し、特に重要なのはアルミ分による媒染作用です。
【参考文献】『月刊染織α1985年No.52』