含綬鳥とは、緩帯をくわえた鳥で、その模様である含綬鳥文は吉祥模様(文様)として知られています。 続きを読む
「デザイン」カテゴリーアーカイブ
一流の茶人・茶の湯名人の条件とは何か?新しい発想で茶の湯を創造する力が名人の条件であった
一流茶人の条件とは、古くはどのようなものだったのでしょうか。
主に中国から伝来した陶磁器である唐物を持ち、目利きがあり、茶の湯が上手であるというのは、名人の条件として考えられました。
また、茶の湯の名人である大事な条件として、新しい発想で茶の湯を創造する力が挙げられていたのです。 続きを読む
デザインにおける迦陵頻伽文(かりょうびんがもん)
迦陵頻伽とは、梵語(サンスクリット語)のカラビンガ(kalavinka)の音訳で、仏教における想像上の霊鳥を表します。 続きを読む
デザインにおける雁文(かりもん)・雁金文(かりがねもん)
雁(かり)は、カモ目カモ科ガン亜科の水鳥のうち、鴨よりも少し大きく白鳥よりも小さい水鳥の総称です。
冬鳥として、秋の彼岸ごろに渡来し、春の彼岸に飛び去っていく代表的な渡り鳥として知られています。
日本人は昔から雁の行き来に、趣や季節の移り変わりを感じ、多くの詩歌の題材としても詠まれてきました。 続きを読む
呉服商である雁金屋(かりがねや)に関係した染織を知る上で貴重な資料
武士の服装と歴史。侍(サムライ)はどのような衣服を着ていたのか?
コプト人によって製作されたコプト織(Coptic textiles)の特徴や歴史について
コプト織(Coptic textiles)とは、主に2世紀から12世紀にかけて、エジプトでコプト人によって製作された平織りの織物を表します。
いわゆる綴れ織りを主とした技法の織物で、コプト織は、経糸に麻を使い、緯糸に主にウールを用いて文様(模様)部分を表現しています。
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切本帳(きれほんちょう)とは?『平戸長崎オランダ商館日記』に記載されている染織品について
1602年、オランダが「東インド会社」を設立し、インドネシアのジャワを拠点に、明や日本と交易を開始します。
この頃になってヨーロッパの文明が、島国の日本に影響を与えるようになるのです。
江戸時代に海外との交易拠点となっていた平戸や長崎にあったオランダ商館歴代館長が記した公務日誌『オランダ商館日記』には、数々の染織品の記載があります。 続きを読む
寛文小袖(かんぶんこそで)とは?鹿子絞りを中心としつつ、刺繍と縫い絞りを併用した技法が用いられ、動植物のみならず文字や器具が動的な模様として表現される
小袖は現在の「きもの」の原型にあたるもので、その名の通り、袖口が狭く詰まった仕立てになっています。
小袖の起源は、平安時代中頃に庶民の日常着や宮廷における男女の下着から発生したと言われています。
鎌倉から室町時代において武家が台頭してくるにつれて、服装の簡略化が進み、上層階級に下着として用いられていた小袖はだんだんと上着として使われて、庶民の小袖も上質化してきました。
その後、政治、文化の転換点である応仁の乱(1467年〜1477年)を境に、各階層共通の衣装の形式として小袖が完成したのです。
暖簾(のれん)の意味や役割、機能性。のれんの歴史や種類について
暖簾は、現代においても私たちの日常生活の中で見かけます。
お店の入り口にかけられたりするのを見ると、お店の「顔」としての目印になっていることはよく分かりますが、それ以外にも暖簾の意味や役割、機能性があります。 続きを読む