河海のほどりに生息するチドリ(千鳥)は、海浜や川辺の風景の一部として古くから人々から親しまれてきました。
歌にも詠まれ、「春恋う鳥」、「友にはぐれた鳥」として心細い心境、あわれ深い境地などが表現されました。
千鳥を文様化(模様化)した千鳥文にも、このような詩情が関係しました。 続きを読む
河海のほどりに生息するチドリ(千鳥)は、海浜や川辺の風景の一部として古くから人々から親しまれてきました。
歌にも詠まれ、「春恋う鳥」、「友にはぐれた鳥」として心細い心境、あわれ深い境地などが表現されました。
千鳥を文様化(模様化)した千鳥文にも、このような詩情が関係しました。 続きを読む
紙布は、江戸時代頃から、全国の紙の産地で織られていたようで、特に有名だったのが宮城県の白石市です。
白石は、仙台の仙台藩(伊達藩)の統治下にあった城下町です。
この地方では、東北という寒い地域でもあったため木綿の栽培に適さず、藩の財政上の理由から綿の買い入れも禁止されていました。
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八重山上布は、別名「赤縞上布」や「白上布」とも呼ばれ、多くの伝統を持つ八重山地方における代表的な織物です。
琉球王朝時代に、人頭税下(納税能力に関係なく、全ての国民1人につき一定額を課す税金)で貢納布として織らされていたものが現代に残ったもので、苧麻の白地に紅露(ソメモノイモの根塊)で絣を摺り込み、捺染した麻織物を主に表します。
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江戸時代中期以降、きらびやかな色彩で、思うがままに描かれた模様染めが一世を風靡しました。
友禅模様と言い伝えられたこの染めは、精密な糸目糊による色挿しと巧みな暈しによって、従来の刺繍や絞り染めなどの技法では表現できなかった絵画のような模様を着物にもたらしました。
特に、風景を題材にしたものは、江戸時代中期にもっとも好まれたもののひとつでした。 続きを読む
織物は、経糸と緯糸が互いに交差しあってできる布ですが、織り込もうと思えば、大抵どのようなものでも緯糸として使用できます。
例えば、和紙やイネ科の多年草である葭、ヤシ科のツル性植物である籐、木の皮などを糸にして緯糸に織り込んでいる織物などさまざまあります。 続きを読む
日本では室町時代頃から茶の湯が行われ、茶人達は海外から舶来した珍しい裂を競って入手しようとしていました。
朝鮮や中国、ポルトガルやオランダなどの船によって、インドや東南アジア、ヨーロッパなど、様々な国から珍しい織物が運ばれ、とりわけ縞柄の織物が人々の間で人気を博しました。
縞織物は基本的に、縦縞(竪縞)、横縞、格子縞の3種類のうちのどれかに当てはまります。
用いられている色の素材や糸の太細、緻密さ、配色、縞の幅の広狭、金銀糸の使用、紋織の併用など、ありとあらゆるの縞織物が存在します。
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装束という言葉は、体の保護や威厳を示すために身にまとうものを意味しますが、特に一定の格式にかなった衣服、およびその装いを表します。
宝亀11年(780年)に書かれた『西大寺資材流記帳』の780年の項には、「羅陵王装束・・・・」とあったり、平安時代中期の10世紀後半に成立した日本最古の長編物語である「うつほ物語(宇津保物語)」には、「夏冬のしゃうぞく・・・女のしゃうぞく清げにしゃうぞく・・・」などとの記載があるなど、古くから「装束」という言葉が使用されていたことがわかります。 続きを読む
絞り染めとは、部分的に布に染まらない部分を作る防染の技術です。
布の一部を糸で強く巻き締める「巻締め」や、針と糸で布を縫い、その糸を引き締めることによって防染する「縫締め」と呼ばれるものが基本的な技法です。

巻き上げ絞り
巻締めの一種である鹿子絞りは、江戸時代には非常に流行したため、たびたび奢侈禁止令の対象にもなっていました。
そこで絞り染めの手間とコストを抑えるために、型染めで絞り染めの柄を表現する工夫がなされました。 続きを読む