藍色」カテゴリーアーカイブ

シルクの藍染めにおけるラウジネスとスレに関して

シルクの染織品はもともと毛羽があったり、擦ると毛羽立ちやすいとも言われます。

シルクの欠点として、羽毛状の繊維が混じる「ラウジネス」と、濡れた状態で擦ると毛羽立ちやすく擦れやすい点があります。

ラウジネスが多く出ている糸や布は、毛玉(ピリング)のようにもみえます。

シラミ(虱)が這い回ったように白けて見えるので、この現象をラウジネス(lousiness)と言い、語源はシラミ(louse)に由来しています。 続きを読む

マメ科のインド藍

染色・藍染におけるインド藍。インド藍の種類や歴史、染色方法について

インド藍(学名 Indigofera suffruticosa)は、熱帯地方に分布するマメ科コマツナギ属の藍色素を持つ植物から抽出した染料の名前でもあり、植物の名称でもあります。

日本の本土で古くから栽培されてきたタデアイ(くさの藍)に対して、木藍きあいと呼ばれたりもしました。

Indigofera tinctoria-2-papanasam-tirunelveli-India

インド藍,Indigofera tinctoria,Yercaud-elango, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons,Link

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ヨーロッパで栽培された藍の品種であるウォード(woad)

ヨーロッパの藍染におけるウォード(Woad)

大青たいせい(漢名:大藍・菘藍)は、アブラナ科に属し、中国が原産地とされ、享保きょうほう年間(1716年〜1735年)に日本に渡来したとされます。

ヨーロッパからシベリアのバイカル湖付近にまで分布するといわれるアブラナ科の越年草である細葉大青ほそばたいせい(学名:Isatis tinctoria)は、英名ではWoad(ウォード)と言われます。

同じ藍の色素を持つ植物でも、蓼藍たであいインド藍琉球藍りゅうきゅうあいなどとは品種が違い、ウォードはアブラナ(菜種菜なたねな)によく似た大きな草です。

古代エジプトで行われていた藍染の原料となったのは、アブラナ科のウォードだと考えられています。 続きを読む

縹色、花田色の色合いの例

藍染された色合いである縹色(はなだいろ)・花田色

藍は、古くから世界各地で使用され、人々に一番愛されてきたともいえる植物染料です。

日本において、藍染された色は一番薄い藍白あいじろから、一番濃い留紺とめこんまで、「藍四十八色あいしじゅうはっしょく」と呼ばれるほど多くの色味があり、それぞれ名前がつけられていました。

それぞれの藍色に名前をつけて区別をしようと思えるほど、藍色を見る目を昔の人々が持っていた・・・・・・・・・・・・・・・ともいえます。

日本の伝統色とされる数々の色の中でも、藍色、紅色、紫色の3つの色は歴史や色の豊富さなど、日本人にとってとりわけ関わりが深く、日本を代表する色であったといえます。

藍染で濃く染めることによって布自体の丈夫さが高くなり、また縁起の良いものとされていたため、古く、武将が好んで濃色に藍染された衣類を着用していました。

一方、藍染された淡い色も人々には好まれ、京都においては「京の水藍みずあい」という言葉が江戸時代の文献に残っており、色合いがあざやかで品質が高かったとされ、水藍の色は京浅葱きょうあさぎ(淡い水色)とたたえられていました。 続きを読む

生葉染めでも染色ができる蓼藍(タデアイ)の葉

藍の生葉染めの方法

藍染は還元性の染料で、糸などを染色する際は、液を還元して染めることになり、非常に手間と労力がかかります。

しかし、生の葉を用いれば、簡単に藍染めを楽しむことができます。

刈り取った生の葉っぱを乾燥させずに、水にインジガンを抽出して染めるもので、濃い色を染めるのは難しいですが、還元して染める藍染めでは得られないような淡くてフレッシュな色を染めることができます。 続きを読む

蓼藍(タデアイ)

正藍冷染(しょうあいひやしぞめ)とは。正藍冷染の染色技法について

宮城県栗原郡栗駒町に伝わる「正藍冷染しょうあいひやしぞめ(しょうあいれいせん)」という技法は、どの地方においても見られない特徴的な藍染です。

一般的に行われている藍染は、藍甕あいがめのなかに、アルカリ分の木灰の上澄み液である灰汁あくを入れ、蓼藍たであいの葉を発酵させて作った原料のすくもと小麦の外皮を煮出した糖分などを混ぜ、人為的に加温して発酵させます。

一方、「正藍冷染しょうあいひやしぞめ」と呼ばれるものは、人工的な加温を行わず、気温が上昇する夏の時期のみ、大きな木製のおけを使って藍のすくもを発酵させて藍染をするものです。
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藍染と唐草模様

日本における藍染(ジャパンブルー)の歴史。藍作・藍染が発展し、衰退していった背景について

藍染は、古くから世界中で行われてきました。

古代エジプトではミイラを包む布が藍染されており、紀元前2000年前には藍が利用されていたとされています。

藍の色素を持つ植物も多種多様で、それぞれの地域にあった植物を使用し、さまざまな方法で藍染が行われてきたのです。

藍の色素を持つ植物を科別にすると、マメ、アブラナ、キツネノマゴ、タデ、キョウトウチク、ガガイモ、マツムシソウ、モクセイ、クロウメモドキ、キク、ヒメハギ、ランなどが挙げられます。

インドにおける藍栽培の歴史は古く、古代ローマ時代にはインドで商品化されたインド藍がエジプトのアレクサンドリアを経由してローマへ輸入されていました。

アラビア商人によって、エジプトをはじめ地中海方面へと運ばれていましたが、ポルトガルのバスコダガマが南アフリカを周るインド洋航路を発見したことによって、インドにおける藍の生産はいっそう盛んになったのです。 続きを読む

キツネノマゴ科の琉球藍(りゅきゅうあい)

染色における琉球藍(りゅうきゅうあい)

琉球藍は、キツネノマゴ科の常緑草で、沖縄や台湾などの温かい暖地に自生します。

収穫した葉と茎を水に浸して発行させた後、石灰を加え、その上澄液を捨て、底に泥状に沈殿した青藍(泥藍)を藍瓶に入れて染めます。

製法が中国から伝わったことから唐藍からあいと呼ばれたり、馬藍、山原藍などとも言われていました。 続きを読む

蓼藍(タデアイ)

阿波25万石、藍50万石。徳島(阿波)におけて藍栽培が盛んだった理由と藍の栽培が禁止になった理由について

「阿波の藍か、藍の阿波か」といわれていたほど、阿波藍は歴史的に全国的な名声を博していたことで知られています。

現在の徳島県では、鎌倉時代ごろから藍作の歴史が始まったとされます。

元禄げんろく時代(1688年~1703年)ごろから、畿内きない(現在の京都、奈良、大阪、兵庫、滋賀)を中心として木綿の生産が飛躍的に発展したことから、阿波藍の需要が急増し、それを一つの契機として阿波が全国の藍生産の中心地となっていったのです。

徳島藩が阿波北方あわきたがたと言われた吉野川下流域の農村で生産された「藍」からあがる莫大な租税で、近世を通じて「富裕藩」と言われ、多くの諸藩から羨望されていたことが知られています。

徳島において藍の栽培が盛んになった理由を、いくつか挙げることができます。 続きを読む