投稿者「iroai.jp」のアーカイブ

型染めで白抜きされた鶴文(つるもん)

デザインにおける鶴(ツル)・鶴文(つるもん)・鶴亀(つるかめ)

鶴(ツル)は、延命長寿を意味する瑞鳥ずいちょう(吉兆とされる鳥)として、平安時代から画題に選ばれ、文様化されてきました。

広島県の嚴島神社に伝わる国宝『平家納経へいけのうきょう』の表紙には鶴が描かれ、南北朝時代の歴史物語である『増鏡ますかがみ』や鎌倉時代に装束について書かれた有職書である『餝抄かざりしょう』などには鶴丸文様の衣服が記されています。 続きを読む

漁師が着用した大漁着(たいりょうぎ)・大漁文(たいりょうもん)

江戸時代後期から明治時代中期にかけて、関東地方、とりわけ千葉県の漁村で大量の年の暮れに船主が船子(船員)に配った半纏はんてんを「大漁着たいりょうぎ」と言います。

豊漁を祝うため、めでたい大柄の文様が型染めで表現され、船子は揃いの半纏を着て初詣はつもうでをしたようです。 続きを読む

デザインにおける椿文(つばきもん)

椿つばきは、日本原産の常緑喬木きょうぼくで一重や八重、まだらなどの花をつけます。

7世紀後半から8世紀後半(奈良時代末期)にかけて成立したとされる日本に現存する最古の和歌集である『万葉集まんようしゅう』にも、椿つばきが含まれた歌が9首に詠まれています。 続きを読む

江戸鼠(えどねず)の色合い

染色における江戸鼠(えどねず)

江戸時代後期に「江戸鼠えどねず」や「当世鼠」という名前で、茶色味のある鼠色ねずみいろが染色されていたことが知られています。

江戸時代後期の染色指南書や染見本帳には、「鼠(ねずみ)」を冠する多数の色名とその染法が記載されています。

嘉永6年(1853年)刊の『染物早指南そめものはやしなん』には鼠色系統の複数の染法が掲載されており、江戸時代後期にのさまざまな鼠色が染められていたことがわかります。 続きを読む

加賀友禅(かがゆうぜん)とは?加賀友禅の技法と京友禅との違いについて

加賀友禅かがゆうぜんが染められてきた石川県の金沢市は、周囲を美しい山々に囲まれ、犀川さいがわと浅野川が流れる、加賀百万石の城下町でした。

この地域における染色の歴史も非常に古く、1500年代頃にはすでに「梅炭うめずみ」といわれる無地染が発達し、布地を梅の皮やしぶで染め、黄色味がかった赤色に染め上げたのです。

江戸時代初期には、「御国染おくにぞめ加賀染かがぞめ)」や「兼房染かねふさぞめ(けんぼうぞめ)」と呼ばれる友禅染めのような模様染めが行われていました。

このように染色の土台があった加賀において、京都から宮崎友禅斎みやざきゆうぜんさいが移り住んできたのです。

のり置の防染法が導入された江戸時代中期以降は、臙脂えんじと藍、紫の三色を基調にぼかしを加えた形式の友禅染めを特色としていました。 続きを読む

藍染の原料である蒅(すくも)

渋沢栄一と藍作・藍玉づくり・藍染の関係について

江戸時代に木綿の栽培が日本中で広まり、木綿に染まりやすかった藍染の需要も飛躍的に伸びていきました。

江戸時代は貨幣経済が浸透してきたことから、商品作物や各藩の特産物として換金作物かんきんさくもつの栽培が推奨され、特に重要な作物は「四木三草しぼくさんそう」と呼ばれました。

四木しぼくは茶、こうぞうるしくわ三草さんそう紅花べにばな、麻のことを指します。

藍の産地としては、江戸時代中期ごろから徳島県の吉野川流域(阿波あわ)が最も盛んで、「阿波藍あわあい」としてブランド化していました。

現在の埼玉県が含まれる(武蔵国むさしのくに)でも江戸時代から藍の栽培(藍作)と藍染が行われており、明治初期には阿波藍あわあいに次ぐ全国第2位の生産高を誇っていました。

埼玉県深谷市は、2024年度(令和6年度)発行の新一万円札の「顔」となった渋沢栄一(しぶさわえいいち)(1840年〜1931年)が生まれた地で、彼の生まれ育った家も藍染の原料となる藍づくり農家でした。 続きを読む

染色・草木染めにおける灰汁(あく)の効用と作り方。木灰から生まれる灰汁の成分は何か?

木材やわらの灰に水や熱湯を加えてかき混ぜ、一晩経つと灰が沈殿ちんでんしますが、その上澄うわずみ液が灰汁あくと呼ばれるアルカリ性の液体になります。

灰汁あくは、非常に古くから染色の分野で活用されてきました。

染め以外の分野でも、古くは世界中で洗濯用の「洗剤」として広く使われていたり、日本ではお酒に混ぜてアルカリ性にすることで防腐ぼうふや色つけ効果を求めたり、灰汁あくをつくった後に残った灰は焼き物の製造などに活用されてきました。

普通に生活していても、灰汁あくというものにふれる機会はありませんが、現代においても灰汁あくが活用されている分野があるのです。 続きを読む