投稿者「iroai.jp」のアーカイブ

紅板締め,竹梅文,紅花染め

染色・草木染めにおける紅花(べにばな)。薬用効果や歴史について

紅花べにばな(学名:Carthamus tinctorius)は、キク科ベニバナ属で花弁かべんを植物染料にします。

秋に種をまいて、冬を越して春になってから開花、結実してから枯れる越年草えつねんそう(二年草)として生育したり、寒い地域では一年草として春早い時期に種をまく場合もあります。

紅色の染料としての用途のみならず、食用油の原料としても栽培されています。

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蓼藍(タデアイ)

正藍冷染(しょうあいひやしぞめ)とは。正藍冷染(しょうあいひやしぞめ)の染色技法について

宮城県栗原郡栗駒町に伝わる「正藍冷染しょうあいひやしぞめ」という技法は、どの地方においても見られない特徴的な藍染です。

一般的に行われている藍染は、藍甕あいがめのなかに、アルカリ分の木灰の上澄み液である灰汁あくを入れ、蓼藍たであいの葉を発酵させて作った原料のすくもと小麦の外皮を煮出した糖分などを混ぜ、人為的に加温して発酵させます。 続きを読む

紫根(しこん)で染められた伝統的な紫色。深紫・深紫・中紫・紫・黒紫・深滅紫・中滅紫について

飛鳥時代(592年〜710年)、奈良時代(710年〜794年)、平安時代(794年〜1185年)の色彩の代表的なものに紫色があります。

紫色は平安時代の貴族文化を象徴する色彩とされていたらしく、単に「いろ」といえば、紫色を表現するほどだったとされます。
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豆汁(ごじる),呉汁(ごじる)

染色・草木染めにおける豆汁(ごじる)の効用。豆汁(呉汁)の作り方について

染色・草木染めにおいて、大豆をすりづぶして作った豆汁ごじる呉汁ごじる)が使用されてきました。

豆汁ごじるの成分は、主に大豆タンパク(グリシニンglycinin)とデンプン、脂肪の混合物となります。

絵具や顔料を定着させるために、豆汁ごじるの大豆タンパクが役割を果たします。

卵白らんぱくや牛乳なども、豆汁ごじると同じようにタンパク質による接着剤、凝固剤としての役割をします。 続きを読む

茄子(なす)・茄子文(なすもん)がデザインされた伊勢型紙

デザインにおける茄子(ナス)・茄子文(なすもん)

茄子(ナス)は、江戸時代のことわざである「一富士二鷹三茄子いちふじにたかさんなすび」のひとつに含まれ、これに関連して多くのデザインに用いられてきました。

「一富士二鷹三茄子」は初夢に見ると縁起の良いとされるものの順で、「富士」は日本一の山で繁栄を意味し、「鷹」は威厳のある鳥や高く舞い上がる鷹にあやかって運気上昇、「茄子」は生す・・成す・・を意味し、物事の発展するさまを言い表わしています。 続きを読む

藍染と唐草模様

日本における藍染(ジャパンブルー)の歴史。藍作・藍染が発展し、衰退していった背景について

藍染は、古くから世界中で行われてきました。

古代エジプトではミイラを包む布が藍染されており、紀元前2000年前には藍が利用されていたとされています。

藍の色素を持つ植物も多種多様で、それぞれの地域にあった植物を使用し、さまざまな方法で藍染が行われてきたのです。

藍の色素を持つ植物を科別にすると、マメ、アブラナ、キツネノマゴ、タデ、キョウトウチク、ガガイモ、マツムシソウ、モクセイ、クロウメモドキ、キク、ヒメハギ、ランなどが挙げられます。

インドにおける藍栽培の歴史は古く、古代ローマ時代にはインドで商品化されたインド藍がエジプトのアレクサンドリアを経由してローマへ輸入されていました。

アラビア商人によって、エジプトをはじめ地中海方面へと運ばれていましたが、ポルトガルのバスコダガマが南アフリカを周るインド洋航路を発見したことによって、インドにおける藍の生産はいっそう盛んになったのです。 続きを読む

梅の模様(伊勢型紙)

デザインにおける梅花文(ばいかもん)・梅文(うめもん)

日本に梅が伝わったのは、弥生時代から飛鳥時代ごろとされ、中国から薬用の烏梅うばいとして伝来したと言われます。

梅は、薬用、食用、観賞用、そして染色用と多様な用途のある有用な植物として栽培されるようになり、梅の花は古代より人々に観賞され、愛好されてきました。

平安時代には、梅の花が春の先駆けとして咲くことから新年の希望の花とされたり、松と竹とともに歳寒三友さいかんのさんゆうの一つとして瑞祥ずいしょうの意味が与えられていました。

中国の人々は松・竹・梅を厳しい環境でもその節度を守り不変の心をもつものとして「歳寒三友(さいかんさんゆう)」と古くから讃えており、日本にもその風習が伝わっていました。 続きを読む