フェルト(Felt)とは、羊毛(羊毛)や獣毛繊維を原料とし、繊維を織らずに絡ませて作る代表的な不織布です。
日常生活では、帽子や敷物、手芸材料、工業用資材など、幅広い用途で使用されています。
フェルトという言葉は、ラテン語の「feltrum」や、ギリシャ語で「結合させる」を意味する語に由来するとされ、羊毛が持つ縮絨性(繊維同士が絡み合い縮む性質)を端的に表しています。
フェルトの技法は、スウェーデンやノルウェーなどの北欧諸国をはじめ、中央アジアや中東地域にも古くから伝わってきました。
高い保温性と耐摩耗性を持つことから、フェルトの帽子や靴下、敷物などは、現在でも世界中で親しまれています。
目次
フェルト(Felt)の分類
フェルト(Colored felt cloth), Bastet78, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
フェルトは、原料や製法の違いによって分類されます。まずは原料による分類です。
羊毛フェルト
羊毛フェルトは、羊毛そのもの、または羊毛を紡績する過程で取り除かれる短い毛や糸くず(noil)を原料としたフェルトです。
縮絨性が高く、もっとも一般的に用いられています。
獣毛フェルト
獣毛フェルトは、羊毛以外の獣毛繊維(ウサギ、ビーバー、ラクダなど)を原料としたフェルトです。
特に帽子用フェルトなど、高密度で耐久性が求められる用途に使われます。
混紡フェルト
混紡フェルトは、獣毛繊維に植物性繊維や他素材を混ぜて作られるフェルトです。
用途に応じて、風合いや強度、コストの調整が可能です。
関連記事:獣毛繊維の種類と特徴。羊毛や化学繊維との混紡で、獣毛繊維の特徴をうまく表現できる
フェルトの作り方(フェルト化の仕組み)
セーターを洗濯機で洗った際、縮んで固くなってしまった経験がある方も多いでしょう。
これは羊毛が意図せずフェルト化した状態です。
フェルトの製法とは、羊毛や獣毛繊維に熱・水分・アルカリ・圧力などを加え、意図的に縮絨(felting)させることを指します。
羊毛繊維の表面には鱗片(スケール)があり、これが絡み合うことで繊維同士が戻れなくなり、フェルト状になります。
フェルトの材料には、一般的に油分を除去していない未脱脂の原毛が使用されます。
製法によるフェルトの分類
組織や製法の違いから、フェルトは以下の4種類に分類されます。
織りフェルト(Woven Felt)
織りフェルトは、経糸・緯糸に紡毛糸を用いて織物を作り、その後に縮絨加工を施したフェルトです。
用途によっては梳毛糸を混ぜ、強度や密度を高めます。
帽体フェルト(Hat Felt / Fur Felt)
帽体フェルトは、羊毛やビーバー、ウサギなどの獣毛を型や金網に吹き付け、立体的に成形するフェルトで、帽子産業を中心に発展しました。
粘着フェルト(Bonded Felt)
粘着フェルトは、接着剤や機械的処理によって繊維を結合させたフェルトで、工業用途に多く用いられます。
圧縮フェルト(Press Felt)
圧縮フェルトは、紡績を行わず、圧力・振動・水分・熱を組み合わせて繊維を絡ませたフェルトです。
繊維が細いほどフェルト化しやすく、短繊維は絡みが弱くなるため強度が低下します。
フェルトの歴史と起源
フェルトの起源については、旧約聖書「ノアの方舟」にまつわる伝説や、修道僧の巡礼に関する逸話が残されています。
しかし実際の歴史としては、フェルトは織物が生まれる以前から存在していた最古の繊維加工技術の一つであると考えられています。
紀元前3000年頃のメソポタミア文明では、すでに羊毛を原料とした毛織物が作られており、その前段階としてフェルトも用いられていた可能性が高いとされています。
また、インドでは紀元前4世紀頃までに、フェルトが一般的に使用されていたと考えられています。
紀元前3世紀頃からは、中央アジアの遊牧民たちが、羊毛や獣毛からフェルトを作り、衣類や敷物、住居用資材として活用してきました。
古代ローマ時代には、足で踏みつけてフェルト化させる技法が行われており、都市ポンペイの遺跡には、フェルトを足で踏む様子を描いた壁画が残されています。
18世紀頃のスコットランドでは、女性たちが列になって布を足で叩き、縮絨させていた記録があり、アジアの遊牧民たちも羊毛を洗い、叩き、均一に広げてフェルトを作っていました。
日本におけるフェルト(毛氈)の歴史
日本におけるフェルトは、毛氈と呼ばれています。
3世紀頃、邪馬台国の女王卑弥呼が魏の皇帝に使者を送り、その返礼品として毛氈が贈られた記録が残っています。
奈良・東大寺の正倉院に収蔵される正倉院宝物の中には、中国から渡来した花文のある毛氈が含まれており、天平文化を代表する遺物として高く評価されています。
毛氈とは、羊毛や獣毛を原料に、延ばし・加熱・圧縮などの工程を経て作られたフェルト状の敷物です。
正倉院の毛氈は、白氈、色氈、花氈(華氈)の三種に分類されます。
白氈は無染色のもの、色氈は紅・紫・褐色などに染められたものです。
花氈は文様のある毛氈で、唐花文、蓮花文、草花文などが多く見られ、二枚で一図になる半円文様のものも存在します。
日本国内の記録としては、奈良時代(10世紀中頃)、下野国(現在の栃木県)からの交易雑物の中に「氈十枚」が含まれていたことが知られています。
1804年(文化元年)、将軍徳川家斉の時代に、長崎奉行・成瀬因幡守が羊を輸入し、中国の氈匠である趙大本・洪文和を招いて、長崎八幡町水神社の境内で毛氈製造を試みました。
この試みは成功とは言えませんでしたが、日本における毛氈製造のはじまりとされています。
参考文献
- 『月刊染織α 1982年4月 No.13』
- 八幡町歴史あれこれ(3)産業編