日本において、古くから色のついた紙が漉かれていました。
紙を染めるためには、さまざまな方法がありますが、漉染め、浸け染め、引き染め、吹き染めの大きく4つに分類できます。
和紙を染める方法
目次
漉染め(すきぞめ)
紙を漉くための浴槽を、漉き舟と言います。
漉染めは、繊維を先に染めてから漉き舟にいれて漉き上げる方法と、漉き舟の中に染料や色の粉末をそのまま入れて繊維を染めながら漉いていく方法があります。
漉染めの利点としては、直接紙に染めるよりも紙表面の荒れを防ぐことができます。
また、直接紙に染めつけるよりも色が退色しにくい(堅牢度が高い)ことが考えられます。
後染めされた生地よりも、糸染めされてから織られた生地のほうが、堅牢度が基本的に良いのと同じように、紙の表面だけではなく、組織内部の繊維までしっかり染まっているのが先染めの特徴です。
藍染と漉染め
藍色の紙も、古くから漉かれていました。
ただ、藍染と漉染めの相性は、良いとは言えません。
繊維を藍で染めるためには、アルカリ性の高い藍の液のなかにいれなくてはなりませんが、藍染は液のなかで染まるのではなく、空気に触れて酸化することで発色するため、何度も染めるうちに繊維が液の中でバラバラになってしまう可能性があります。
また、染め上がった後も藍液に含まれる余分な不純物を洗い落とす必要がありますが、その洗いの過程でも繊維が荒れてしまうリスクがあります。
藍染の場合、繊維の状態ではなく紙になったものを後染めする方が、簡単で手間もかからず経済的なのです。
『色彩から歴史を読む』には、藍と紙すきについての記述があります。
薄縹色、薄藍色の料紙では、白紙を薄く藍に染めたり、薄い色に染めた繊維を漉き上げるのではなく、すでに藍色に染めた繊維を配合して、青色を出している場合がある。着色繊維の配合による呈色のほうが、濃度調整と均一な着色が容易である。『色彩から歴史を読む』
上記の引用は、しっかりと藍色に染めた繊維を、染めてない繊維などと配合することで、薄い青を表現できると言っています。
たしかに、藍色に染めた繊維や染めた紙を繊維状に溶かし、未着色の繊維と混ぜて色を調節するということは、方法として考えられます。
浸け染め(つけぞめ)
藍染で繊維を染めるよりも、紙になった状態のものを染めた方が簡単で手間もかからず経済的ですが、紙になったものを染めることでも、やはり「紙」ではあるので、荒れてしまうリスクがあります。
染料に浸けて染めるということ自体が、紙の性質上あまり良くないのです。
藍染のように浸け染めによって染める場合は、染める前に薄いこんにゃく糊を刷毛で満遍なく和紙の両面に塗っておくと、荒れづらく、破れにくい和紙となります。
ただ、こんにゃく糊が濃すぎると防染作用が働いて染まりづらくなるので、注意が必要です。
こんにゃく糊を引いた和紙は乾燥させて保管し、藍染する前にいったん水に浸して水分を含ませてから染めます。
乾いたままの和紙を染めると、水分を弾いてムラになる可能性があるためです。
また、ムラに染まる原因としては、一度に複数枚の和紙を浸した場合、お互いが打ち合って(くっついて)その部分がムラになる(染まらない)ことがあります。
また、染まりの良くない藍ではなく、できる限り良い状態の藍で染め、短時間で染める必要があります。
染めることで荒れてしまった紙を、木槌などで叩く(打紙をする)ことによって、表面が滑らかにし、ツヤがでて色味を変化させることもできます。
藍染における和紙の浸け染めに関して、『色彩から歴史を読む』に以下のような記述があります。
藍甕に浸けて、水洗いし、空気にさらすことを七度繰り返すと、楮紙の表面は繊維が毛羽立って荒れてくる。色味は紺色が深くなっている。その紙を濡らし、打ち締めると、紙は艶をもち、薄くしなやかになる。色味も変化し、いわゆる茄子紺と言うべき紫味を表面にもつ紺色となる。うち紙処理前後での紺色の変化は、きわめて顕著である。
純雁皮紙を同様に染めても、楮紙ほど荒れない。藍は浸け染めのたびに重なり色が深くなって、そのまま茄子紺色となっていく。楮紙と雁皮紙では仕上がりが違うようである。『色彩から歴史を読む』
楮紙は、楮の樹皮繊維を原料として漉いた紙で、長期間の保存が効く丈夫な用紙として、長く和紙の代表的な存在とされてきました。
雁皮紙は古くは斐紙と呼ばれ、ジンチョウゲ科の植物である雁皮から作られ、丈夫で虫に食われにくく、独特の光沢があります。
繊維の種類によってそれぞれ特徴があるので、染まりやすさや染色の相性というのはやはりあるようです。
引き染め(ひきぞめ)
刷毛を引いて染めることから、「引き染め」と呼ばれます。
和紙に染色する場合、染料を用いて染めるのは相性が良くないと上記で述べました。
絵具(顔料)の接着剤としては、古くから大豆をすりつぶして作った豆汁(呉汁)が使用されてきました。
豆汁で顔料を和紙に定着させる場合、もっとも濃厚な豆汁を刷毛に含ませて、絵具を溶いて染色します。
濃厚な豆汁のタンパク質によって、和紙に絵具が固着するのです。
また、和紙の全面に薄く豆汁を刷毛引きすると、和紙を水洗いする場合の補強となり、無地場の染めムラを防止する効果があります。
豆腐が苦汁で固まるように、和紙に型絵染する場合も、豆汁顔料で染色したあと、乾燥させ、明礬液(1%〜2%ほど)を刷毛引きすると、豆汁が硬化されます。
関連記事:型絵染(かたえぞめ)とは?型絵染の特徴と技法について
そのため、2〜3日放置しなくとも乾燥したら水洗いをして、型染めで使用した糊を落とすことができます。
硫酸塩である明礬が、豆汁の硬化に影響し、さらに明礬自体が水をはじく作用(撥水作用)を持っています。
吹き染め(ふきぞめ)
染料の液を、霧状に吹き付けることで色をつけます。
吹き付け方によって、ふき染め独特の色の変化を出せますし、型紙を置いた上から吹き付けることによって、様々な模様を表現できます。
上記の4種類の染色方法を踏まえた上で、先染め後染めを組み合わせたり、後染めした紙を繊維に分解して、再び漉き直したりと、アイデア次第でさまざまな表現を考えられます。
色紙の歴史
紙の製法が日本に伝えられたのは7世紀初頭とされ、紙の染色も古くから行われていました。
奈良時代(710年〜784年)には、装潢師という人々が、書物を書き写すために使う和紙の染色や紙継ぎなどを職業としており、黄檗によって黄色に染められて紙がもっとも多くみられています。
奈良の正倉院に現存する染紙のほとんどが経巻(経文を記した巻き物)ですが、中には絵紙や吹き絵紙、5枚の染紙を各5枚ずつ重ねて巻いた色麻紙などさまざまなものが宝物として残されています。
これらの染紙を染めた材料については、正倉院文書に記されており、紫紙、紅紙、蘇芳紙、橡紙、胡桃紙、比佐宜紙、波白紙、刈安紙、須岐染紙、松染紙、垣津幡染紙、木芙蓉染紙、蓮葉染紙など、植物の名前がそのまま記されているものもあります。
正倉院に所蔵されている「東大寺献物帳、国家珍宝帳」には、もっとも多く黄紙が使用されています。
黄色に紙を染めたのは、虫に食われにくくするため(防虫)というのが理由として挙げられ、また、中国から伝来した仏教や思想の影響もあると考えられています。
関連記事:正倉院宝物に使用された顔料と染料について
平安時代から、主に女性の重ね着の配色美を「襲色目」といい、その色合いと調和は、常に四季の草花や自然の色などに結びついていました。
平安時代に生まれた女性の十二単も、色を重ねることによって季節感を表現した代表的な衣装です。
衣装と同様に、手紙にも襲色目が利用されていました。
紙に色をつけることのみの目的ではなく、さまざまな色紙をつなぎ合わせて一枚の紙を作ったり、模様を出したりと、もっとも色紙が活躍した時代とも言われています。
江戸時代からは、庶民の間でも日常的に色紙を使う人が増え、日本各地で着色された紙が生産されるようになりました。
江戸時代は貨幣経済が浸透してきたことから、商品作物や各藩の特産物として換金作物の栽培が推奨され、特に重要な作物は「四木三草」と呼ばれました。
四木の中に楮が入っていることから、紙生産のための重要な作物として認識されていたことがわかります。
着色された紙の中では、特に茶色の紙が多く作られるようになります。
和紙に柿渋を塗ることで、防虫・防水効果や、和紙そのものの強度が増し、染色のための型紙として必要不可欠であったことはよく知られています。
【参考文献】
- 『色彩から歴史を読む』
- 『月刊染織α1985年No.55』