染色において、化学的なものでも天然由来のものでも、必ず染まり上がった色は経年変化があります。
天然の原料を使用した草木染めは、その美しさは言わずもがなですが、欠点としては植物や染め方にもよりますが、基本的には堅牢度があまり良くない点があります。
堅牢度とは、さまざまな条件下において色落ちするかしないかの度合いのことです。
草木染めは比較的早く色あせてしまうからこそ魅力があり、今この瞬間の色を楽しむことができるとも言えます。
目次
染色堅牢度とは
染料で染色、あるいは顔料で着色された繊維製品を検査する基準や検査方法が、日本産業規格(JIS=Japanese Industrial Standards)によって定められています。
実用の面からみて重要とされるものは、①洗濯②摩擦③耐光④汗⑤水⑥ドライクリーニング⑦アイロンに対する堅牢度検査です。
検査の結果は、1級から5級に分けられ、数字が大きいほど堅牢度が高いとされます。
素材や染め方によって全く異なるため、一概には言えませんが、一般的な草木染めであれば、5級になるのはなかなか難しく、2級から良くて3級から4級あたりの印象です。
色が退色する原因
色が退色していくのには、さまざまな原因があります。
典型的なのは、何かにぶつかったり、擦ったりすることで物理的に繊維表面の状態が変化し、光の反射状態が変わって部分的に色が違って見えてしまう現象です。
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当て布をせずにアイロンをかけて、テカリが出てしまったり、油分が付着して部分的に濃く見えたりします。
布に染着した染料が退色を引き起こす原因としては、酸化型漂白剤や光や太陽光などの紫外線、大気中の二酸化窒素(NO2)などが挙げられます。
汗に含まれるアミノ酸のヒスチジン(histidine) も、退色に大きな影響を与えます。
銅やクロムの金属はその染料母体とキレート結合をしていますが、キレート結合から金属を引き抜かれると、退色します。
ヒスチジンは、キレート結合から金属を引き抜く作用を持っているのです。
染色・草木染めにおける堅牢度
草木染めは、天然に生育した材料を使うため、育った環境や採取した季節、採取してからの保存状態などさまざまな要因が絡みあって成り立ちます。
染める材料の種類、同一の材料であってもその使用量や媒染剤の種類によって色も堅牢度も異なってくるのです。
草木染めは、染色したばかりでは不安定ですが、自然の酸化によって長期間かかって色が定着していき、長い年月が経ったものは堅牢になるとも言われます。
実際に、1ヶ月保存したものと3〜5ヶ月保管したものを比べると、汗に対する染色堅牢度は、長時間経過したものの方が良かったという調査もあります。
ただ、染色の材料によっては、色の寿命は短く、例えば紅花の染めは、日光に晒しておけば、1ヶ月も持たないかもしれません。
保存の良い状態であったも、20年も経てば昔の紅色は失われてしまいます。
蘇芳の赤色も、50年とは持たず、茶色がかった色に変わってしまいます。
その中で耐久性が優れたものとして、藍や茜、刈安などが、現存する奈良の正倉院宝物の遺品からもみてとれます。
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堅牢度の高い草木染めのためには、下記で説明する染色方法の工夫はもちろんのことですが、染料となる植物の選択が重要な要素にもなっています。
染色堅牢度を高める方法
草木染めといえば、その色の美しさが注目されますが、色持ちが良いかどうかはないがしろにされがちです。
実用品や商品として扱うためには、できる限り堅牢性が高くなるように染色を行う必要があります。
堅牢度の高い草木染めを行うために、注意する点はいくつか挙げることができます。
・初めて使う染料で染色堅牢度が気になる場合は、少量でもよいので、布や糸で試し染めをし、日光に長時間当てたり、濡らした染色物を白い布にこすったりして簡単なテストをする
・染色する前に、精錬や洗いをしっかりと行い、繊維に付着している不純物を取り除いておく
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・染料と媒染剤の性質をしっかりと理解し、光に弱い傾向にある場合は、濃い色に染める
・少ない回数で染めるより、回数をできるだけ重ねて染める
・染料を煮出して染め液を抽出した後、しっかりと濾過したり、沈澱させたりして、染液から不純物と分離させる。液が冷えてから、析出(液状の物質から結晶または固体状成分が分離して出てくること)してくる不溶解物も取り除く
・染色後に媒染して終えるのではなく、媒染後に煮染して染色の工程を終わらせる(媒染までで終了した場合に比べると、水や汗による変退色が少ない傾向がある)
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・染色後は、丁寧に洗い、染まりついていない余分な色素や薬剤を洗い落とす
・染色後は、日光に当てて、紫外線による反応を進めておくと、染色直後よりは色あせる場合はあるが、その後の変退色が少なくなる
媒染剤と堅牢性の関係
アルミニウム媒染・・・光によって退色しやすく、酸性汗で変退色しやすい傾向にある
銅媒染・・・耐光性に優れているが、汗による変退色や汚染が目立ち、水による汚染もある
鉄媒染・・・銅媒染ほどではないが、汗によって変退色しやすい
クロム媒染と錫媒染・・・他の媒染剤に比べて、どの項目についても優れている
藍染と堅牢度
藍染は、液を発酵させるため、いわゆる煮出して染色を行う草木染めとは、染まる原理が異なります。
藍の不溶性の色素を還元することで、いったん水に溶ける可溶性に変え、水に溶けた色素を繊維にくっつけ、酸化することで不溶性の色素に戻すという「建て染め」の仕組みです。
染色後には、しっかりと洗う必要がありますが、この染まり方であると、非常に堅牢度が良いです。
洗濯における堅牢度は4級から5級、耐光(紫外線カーボンアーク灯光)は3級から4級、乾燥時の摩擦も3級からものによっては5級と、他のいわゆる一般的な草木染めに比べると非常に優れている点があります。
堅牢度が弱い点としては、湿潤時(濡れているとき)の摩擦には弱く、濃く染まっている場合は2級くらいで、淡い色で3級からものによっては4級ほどになります。
摩擦に対しては、乾燥時、湿潤時ともに、濃い色の方が堅牢度が悪い傾向にあります。
耐光に関しては、濃い色の方が堅牢度に優れています。
一方、建て染めではなく、藍の生葉を使用した生葉染は非常に堅牢度が悪く、すぐに退色してしまいます。
藍染された布が黄色味を帯びる理由
藍染は、色持ちの観点で見ると、何回も酸化と還元を繰り返した濃い色の方が、淡い色より堅牢度が良いです。
布に染まったインジゴ成分は、紫外線が当たることによって生じた一重項酸素の酸化の影響でイサチンに変化します。
藍染された布に、硝酸の一滴を落とすと、その酸化作用で黄色のイサチンに変化しますが、これと同様に日光でも藍の薄色は黄色味を帯びてきます。
藍染された布が黄変する理由としては、このイサチンの影響が大きくあります。
「瓶のぞき」といわれるような極端に薄い藍色では、経年変化とともに日光の影響も含めて緑味を帯びることがありますが、これはイサチンに完全に変化しない藍と、変化した黄色のイサチンが混色した結果なのです。
ただ、イサチンは水に溶けるため、洗いを行えば、黄色味は基本的には落ちていきます。
【参考文献】
- 『染色物の変退色事故について』
- 吉岡常雄 (著)『天然染料の研究―理論と実際染色法』
- 『月刊染織α1986年6月No.63』