正倉院宝物(しょうそういんほうもつ)に使用された顔料と染料について


奈良・平安時代の中央・地方の官庁かんちょう大寺だいじには、穀物や財物などの重要物品を納める正倉しょうそうが設けられていました。

日本中、あちこちに置かれた正倉しょうそうは、今日に至るまでにさまざまな理由で亡んでしまい、現在残っているのが、東大寺正倉院内の正倉一棟だけです。これがすなわち、正倉院宝庫しょうそういんほうこです。

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東大寺正倉院/あずきごはん/CC BY-SA 4.0/via Wikimedia Commons,Link

9,000点にも及ぶ正倉院宝物(しょうそういんほうもつ)

正倉院宝庫しょうそういんほうこは、1000年以上の間、朝廷の監督の下に東大寺によって管理されてきました。

明治8年(1875年)に、宝物ほうもつの重要性を考慮して、内務省ないむしょう管轄かんかつすることになり、その後は農商務省のうしょうむしょうを経て宮内省くないしょうに移り、そのまま現在に至ります。

宝庫ほうこは、正倉のほかに西宝庫・東宝庫があり、宝物ほうもつはこの両宝庫に分けて保存されています。

正倉院宝庫しょうそういんほうこに保存されている正倉院宝物しょうそういんほうもつには、さまざまな装飾品のほか、仏具や文房具、服飾品など約9,000点にも及びます。

参照:正倉院宝物検索

そして、正倉院宝物にはさまざまな技術や技法を用いて、装飾が施されていたことがわかっています。

鳥毛立女屏風第1扇

鳥毛立女屏風第1扇/Unknown authorUnknown author,Public domain/via Wikimedia Commons,Link

正倉院宝物に使用された顔料

正倉院には、顔料を用いて表面を装飾した宝物が約400点あり、「正倉院文書しょうそういんもんじょ」700巻のうち、顔料が使用されているものも数多くあります。

正倉院では、1983年から文化財用のX線回折装置などを用い、宝物に用いられた顔料の種類を調査しました。X線回折装置とは、結晶化した化合物の種類を直接明らかにすることができるのです。

調査では、20種類に近い無機顔料が確認されています。

正倉院宝物に使用された無機顔料

無機顔料は、鉱物顔料とも言われており、水や油等、各種の溶媒に溶けないという優れた性質をもっていて、安全性も高く、現代でも化粧品以外の多くの生活日用品に使用されています。

朱色、ベンガラ、白土、黄土、緑土などは古墳時代にも登場している顔料ですが、それ以外にもさまざまな顔料が使用されていました。

関連記事:弥生時代から古墳時代までの色彩。装飾古墳に使われた顔料について

以下、顔料の色と使用された鉱物名についてです。

白色顔料(鉛白・白土など)・・・水白鉛鉱、塩化鉛鉱、ラウリオナイト、ブリクサイト、方解石、リン灰白、カオリナイト、白雲母

緑色顔料(岩緑青、緑土)・・・孔雀石くじゃくいし、緑塩銅鉱、海緑石かいりょくせき、セラドナイト

青色顔料(岩群青)・・・藍銅鉱らんどうこう

赤色顔料(朱、ベンガラ、鉛丹)・・・辰砂しんしゃ赤鉄鉱せきてっこう

黄色顔料(石黄、黄土)・・・石黄せきおう褐鉄鉱かってっこう

金色顔料(金)

銀色顔料(銀) 参照:『色彩から歴史を読む

Vasa color pigments

color pigments/I/Peter Isotalo/CC BY-SA 3.0x/via Wikimedia Commons,Link

正倉院宝物に使用された有機顔料

無機顔料以外に、有機顔料も確認されており、赤、黄、青(藍)、黒(墨)などが用いられたことがわかっています。

光ファイバープローブを接続した可視反射分光装置を用いて、染織品以外の宝物についても、色料の調査を積極的に行うようになっています。

赤は、東南アジアに生息するラックカイガラムシから抽出された色素が主成分になっていることが特定されています。

参照:中村力也・成瀬正和正倉院宝物に おけるエンジ -可視反射分光分析法による調査一

正倉院宝物に使用された顔料の固着剤

正倉院宝物において、木材、漆工、皮革、紙、絹、麻、金工などさまざまな素材に顔料が塗られています。

顔料の固着剤こちゃくざいには、にかわと油が用いられました。

膠の語源は、皮を煮て作ったので煮皮にかわという言葉が生まれたとされており、一般的には、動物や魚の皮や骨などを水から沸騰させ、その溶液からコラーゲンやゼラチンなどを抽出し、濃縮・冷却し凝固させたものを指します。

油は、漆工や皮革の彩色に用いられ、方法としては油を顔料で練って塗るものと、膠絵にかわえの上に油をかけるもので、通称、密陀絵みつだえと呼ばれるものの二種類があります。

正倉院宝物に使用された染料

正倉院文書に記載のあるものや、染織品に対する調査を通して確認された染料は、下記のものが挙げられます。

赤色・・・茜、紅花、蘇芳すおう

黄色・・・黄檗きはだ苅安かりやす梔子くちなし

褐色・・・つるばみ

青色・・・藍

紫色・・・紫根

緑色・・・藍と黄檗きはだ、藍と苅安かりやすの交色 参照:『色彩から歴史を読む

蘇芳すおうは東南アジアの特産で、日本には奈良時代から輸入されています。

同じ染料を用いても、藍染では染める回数によって淡い色から濃い色まで表現できますし、その他の染料でも媒染剤の種類によっても、発色が異なってきます。

正倉院に残っている布は絹織物が多く、染料は主に絹製品の染めに用いられましたが、麻布や毛織物、紙を染める際にも活用されました。

正倉院に残る染め紙

紙の製法が日本に伝えられたのは7世紀初頭とされ、紙の染色も古くから行われていました。

奈良時代(710年〜784年)には、装潢師そうこうしという人々が、書物を書き写すために使う和紙の染色や紙継ぎなどを職業としており、黄檗きはだによって黄色に染められて紙がもっとも多くみられています。

奈良の正倉院しょうそういんに所蔵されている「東大寺献物帳とうだいじけんもつちょう国家珍宝帳こっかちんぽうちょう」には、もっとも多く黄紙が使用されています。

黄色に紙を染めたのは、虫に食われにくくするため(防虫)というのが理由として挙げられ、また、中国から伝来した仏教や思想の影響もあると考えられています。

染め紙についての記録は正倉院文書のなかにも見られ、藍・紅・紫・黄檗きはだ苅安きはだなどの植物染料で濃淡に染められた紙が写経紙などにも用いられてました。

染織遺品の素材

日本において、古代の繊維は絹と麻、からむしなどに限られています。

木綿の栽培と商品化が広がったのは、17世紀前半ごろの江戸時代の早い時期ごろと考えられ、羊毛(ウール)の生産も、明治時代になるまで幾度となく羊を輸入してきたものの移植には失敗してきたのです。

関連記事:日本の綿花栽培・木綿生産が普及した歴史。苧麻が、木綿に取って代わられた理由

染織遺品の素材は、絹を原料にしているものがほとんどで、麻やからむしの染色品は、正倉院にごく少数存在する以外ありません。

絹という繊維が、染色の優美さを演出するのに最適な材料であったという点も、古くから染色素材に用いられた理由としてあるでしょう。

【参考文献】

  1. 神庭信幸・小林忠雄・村上陸・吉田憲司(1999)『色彩から歴史を読む』ダイアモンド社
  2. 中村力也・成瀬正和正倉院宝物に おけるエンジ -可視反射分光分析法による調査一
  3. 成瀬正和「正倉院宝物に用いられた顔料

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