青縞と呼ばれる藍染された糸で織られた布は、埼玉県の北東部に位置する加須市や羽生市を中心に盛んに織られていた生地です。 続きを読む
青縞と呼ばれる藍染された糸で織られた布は、埼玉県の北東部に位置する加須市や羽生市を中心に盛んに織られていた生地です。 続きを読む
ヨーロッパの花の中でも、古くから観賞用として人々に愛され、美術や工芸の模様におけるモチーフとされてきたのがバラ(薔薇)です。
もっとも古いもので、紀元前1500年頃のクレタ文明における壁画に描かれたバラの落花があります。
バラは、ギリシャやローマに伝えられ、百合やサフランなどと共に古代人に尊ばれていました。 続きを読む
紅花(学名:Carthamus tinctorius)は、キク科ベニバナ属で花弁を植物染料にします。
秋に種をまいて、冬を越して春になってから開花、結実してから枯れる越年草(二年草)として生育したり、寒い地域では一年草として春早い時期に種をまく場合もあります。
紅色の染料としての用途のみならず、食用油の原料としても栽培されています。
飛鳥時代(592年〜710年)、奈良時代(710年〜794年)、平安時代(794年〜1185年)の色彩の代表的なものに紫色があります。
紫色は平安時代の貴族文化を象徴する色彩とされていたらしく、単に「いろ」といえば、紫色を表現するほどだったとされます。
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茄子(ナス)は、江戸時代のことわざである「一富士二鷹三茄子」のひとつに含まれ、これに関連して多くのデザインに用いられてきました。
「一富士二鷹三茄子」は初夢に見ると縁起の良いとされるものの順で、「富士」は日本一の山、「鷹」は威厳のある鳥、「茄子」は生すや成すを意味し、物事の発展するさまを言い表わしています。 続きを読む
藍染は、古くから世界中で行われてきました。
古代エジプトではミイラを包む布が藍染されており、紀元前2000年前には藍が利用されていたとされています。
藍の色素を持つ植物も多種多様で、それぞれの地域にあった植物を使用し、さまざまな方法で藍染が行われてきたのです。
藍の色素を持つ植物を科別にすると、マメ、アブラナ、キツネノマゴ、タデ、キョウトウチク、ガガイモ、マツムシソウ、モクセイ、クロウメモドキ、キク、ヒメハギ、ランなどが挙げられます。
インドにおける藍栽培の歴史は古く、古代ローマ時代にはインドで商品化されたインド藍がエジプトのアレクサンドリアを経由してローマへ輸入されていました。
アラビア商人によって、エジプトをはじめ地中海方面へと運ばれていましたが、ポルトガルのバスコダガマが南アフリカを周るインド洋航路を発見したことによって、インドにおける藍の生産はいっそう盛んになったのです。 続きを読む
芭蕉は、中国原産の植物で寺院や庭園などに観賞用として植えられてきました。
長い楕円形の大きな葉が特徴的な芭蕉の日本での歴史は古く、平安時代初期には知られていたようです。
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トンボ(蜻蛉)は身近な存在として、古くから文様に用いられてきました。
トンボは、「あきづ」という古名があります。
日本は古く秋津島(あきつ洲)と呼ばれ、「トンボの国」だったとも言われます。
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日本に梅が伝わったのは、弥生時代から飛鳥時代ごろとされ、中国から薬用の烏梅として伝来したと言われます。
梅は、薬用、食用、観賞用、そして染色用と多様な用途のある有用な植物として栽培されるようになり、梅の花は古代より人々に観賞され、愛好されてきました。
平安時代には、梅の花が春の先駆けとして咲くことから新年の希望の花とされたり、松と竹とともに歳寒三友の一つとして瑞祥の意味が与えられていました。
中国の人々は松・竹・梅を厳しい環境でもその節度を守り不変の心をもつものとして「歳寒三友(さいかんさんゆう)」と古くから讃えており、日本にもその風習が伝わっていました。 続きを読む
勾玉を二つ、または三つ円形に組み合わせた文様(模様)を巴文と言います。
巴文は、一般的には調度品や武具、瓦当、家紋などに多く用いられてきました。
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