雲(くも)は気象状況や季節によってその形は様々に変わりますが、雲の模様(文様)は古くから意匠(デザイン)に活用されてきました。
雲の模様(文様)は「雲文」とも呼ばれ、中国や朝鮮ではさまざまなデザインが作られてきました。
中国では、山中の巨岩から雲気が湧き出るとされたことから、「雲気文」と呼ばれました。
日本では奈良時代に中国の影響を受けて、さまざまな意匠(デザイン)において雲文が取り入れられるようになったとされます。 続きを読む
雲(くも)は気象状況や季節によってその形は様々に変わりますが、雲の模様(文様)は古くから意匠(デザイン)に活用されてきました。
雲の模様(文様)は「雲文」とも呼ばれ、中国や朝鮮ではさまざまなデザインが作られてきました。
中国では、山中の巨岩から雲気が湧き出るとされたことから、「雲気文」と呼ばれました。
日本では奈良時代に中国の影響を受けて、さまざまな意匠(デザイン)において雲文が取り入れられるようになったとされます。 続きを読む
麹塵という色合いは、文献や年代によって、「青白橡」、「魚綾」などさまざまな名称で呼ばれていたとされます。
麹塵は、青色の一種で、中国では古く『周礼』にその名前がみられます。
『周礼』は、儒教経典(十三経)の一つで、『礼記』『儀礼』とともに「三礼」を構成する書物です。
『周礼』は、紀元前11世紀に周公旦(中国の周王朝最初の王である武王の弟)が作ったとも、前漢代の学者である劉歆が作ったともされます。
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檜垣は、檜(ひのき)の薄板を網代組にした垣を意味し、檜垣文は、この網代組を文様化したものです。
網代は、草や竹、木材などを材料に縦緯、あるいは斜めに交互に編んだもので、その編まれた様子を「網代組」などと呼びます。 続きを読む
古く、機織りは各家庭でおこなわれ、もっぱら女性の仕事でした。
海外から様々な縞織物が届いたことによって、それを真似するところから始まり、徐々に日本でも独自の縞織物が生産されるようになります。
上着や一枚着として着物に縞柄が見られるようになったのは、安土桃山時代(1573年〜1603年)以降のようです。
江戸時代後期には、町人の間で特に好まれたのが縞柄の織物でした。
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植物は、降り注ぐ日光の光を、葉でふんだんに受け、光合成を行って二酸化炭素と水で有機化合物を生成しますが、過剰な紫外線は、かえって植物にとって有害となります。
つまり、植物の光合成のためには適度な紫外線は必要ですが、過度な紫外線は細胞を破壊する原因となります。
その紫外線保護のために、フラボノイドが存在し、適度に吸収する役目を果たしていると言えます。
したがって、フラボノイド類は、低地よりも紫外線の強い高地の植物に多く含まれ、樹木よりも草本(茎が木質でない植物)の方が圧倒的に多く含まれています。 続きを読む
黄八丈とは、主に草木染めで染められた黄色・樺色・黒色の三色の糸を使って、さまざまな縞模様を織り出す絹織物のことです。
黄八丈は、広い意味で茶系統の鳶八丈や黒系統の黒八丈を含めた、八丈島で生産された紬を総称しています。
全体的に渋く、味わいのある色合いであるため、絹織物らしい光沢感は抑えられます。
染色の工程で、乾燥のために長い日数を八丈島の強い直射日光にさらすため、堅牢度が良く変色したり退色しづらい特徴があります。
黄八丈は、たくさん使われ、洗われることで、年を経るにつれて、より一層色合いが冴えてくるともいわれたりします。 続きを読む
錨(碇)は、船などを水上の一定範囲に止めておくために、鎖やロープを付けて海底や湖底、川底へ沈めて使う道具です。
錨(碇)形を文様化した錨文は、デザインに用いられ、家紋としても表現されてきました。 続きを読む
亀甲模様(亀甲文)は、正六角形の幾何学模様で、亀の甲羅の形に似ていることから「亀甲」の名前があります。
中国では亀が瑞兆(良い事が起こる前兆)とされ、古代中国の経書である『礼記』には、想像上の霊妙な四種の瑞獣を表し、「麟鳳亀竜」との記述があります。
麟鳳亀竜は、麟(麒麟)・鳳(鳳凰)・亀(霊亀)・竜(応竜)を表します。
日本にも中国からの思想が伝わり、亀のデザインが瑞祥の模様(瑞祥文)として好まれました。 続きを読む
古くから、「三纈」と呼ばれる染色技法があります。
「上代の三纈」「天平の三纈」などと称し、三纈の染色技法が、奈良時代には(710年〜794年)今の中国からすでに伝わっていました。 続きを読む