脚絆は、「脚半」とも表記し、脚部を覆う布を表します。
脚絆のようなものは、古くは脛巾と呼ばれ、奈良時代に制定された養老の衣服令あたりからその名前が見られます。
南北朝時代ごろから「脚半」と書いて「はばき」と読みようになり、室町時代には「脚絆」の文字もみられるようになります。 続きを読む
脚絆は、「脚半」とも表記し、脚部を覆う布を表します。
脚絆のようなものは、古くは脛巾と呼ばれ、奈良時代に制定された養老の衣服令あたりからその名前が見られます。
南北朝時代ごろから「脚半」と書いて「はばき」と読みようになり、室町時代には「脚絆」の文字もみられるようになります。 続きを読む
着物を着た上に、羽織袴を着けない男子の略式の和装を「着流し」といいます。
江戸時代の男子は、小袖の上に裃や羽織袴を着けるのが正式の服装でした。
女子の場合は、羽織を着けない姿が正式であったため、「着流し」という言葉は用いられません。
狩衣は、平安時代中期ごろから近世に至るまで、朝廷につとめる身分の高い役人である公卿が主として着用してきた衣服です。 続きを読む
唐衣は、公家の女子が正装時に着用したもので、表着の上に着用した短衣でした。
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洋服の襟を総称する言葉に、「カラー(collar)」があります。
カラーの語源は「首輪」を意味するラテン語の「コラーレ(collare)」です。 続きを読む
上方という言葉は、戦国時代頃には、九州方面から京都周辺を指す言葉だったようですが、江戸時代にはもっぱら江戸に対して「文化圏としての近畿圏(京都・大阪・奈良など)」を指すものとなります。
江戸と大阪、京都は当時から他の地域に比べると発展し、人が集まっていたため「三都」とも言われ、「上方」という言葉は大阪と京都の総称となっていました。 続きを読む
「アパレル(apparel)」とは、日本では「衣服」の意味で用い、1970年代初期ごろから「アパレル製品」、「アパレル産業」、「アパレル製造業」などのように使われるようになりました。
現在では、「衣服」という意味から派生して、「アパレル」という言葉だけで、衣服の製造や販売を行っている会社や服飾系の業種や職種を意味するようになっています。
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歌舞伎文様は、江戸時代の歌舞伎芝居の当り狂言や、人気役者が扮装(ある人物の姿になること)するため用いた模様(もんよう)です。 続きを読む
丈長でゆったりとしたコート風の衣服であるカフタン(caftan)は、中央アジアの草原地帯に起源があると言われます。
カフタン,Kaftan,Smithsonian National Museum of African Art, CC0, via Wikimedia Commons,Link
トルコの王様が功労者に栄誉を与え、外国の大使の名誉のためにカフタン(caftan)を授けたとされます。
ササン朝のペルシャの人物像もカフタンのような衣服と長ズボンを着用しており、中世以後のトルコ人はほとんどカフタン姿で現わされています。
近世の東洋好みの一端としてトルコ風の衣服、すなわちカフタンのようなものを西欧人が着用しているのが、肖像画にも残っています。
1955年にディオール(DIOR)が、カフタンをヒントにコート(カフタン・コート)を作りました。
長い切れ込みがあり、後ろでボタン留めとなる仕様になっていました。