投稿者「iroai.jp」のアーカイブ

摺り染めと括り染め。絞りによる染物「ゆはた」「ゆふ」、絞り染めを意味する「ゆふせん」

日本の古代の人々は、草木が成長し花が咲き、果実が実るのは、草木に宿る精霊(木霊)の力であると信じ、草木からとれる自然の色で、衣服を染めつけていました。

強い精霊の宿るとされる草木は、薬用として使用されていました。薬草に宿る霊能が、病気という悪霊によって引きおこされた病状や苦痛を人体から取り除き、悪霊をしりぞける作用があるとされていたのです。

日本の染色技術が飛躍的に発展するのは、4世紀ごろに草花から染料を抽出し、これを染め液として、浸して染める「浸染」(しんせん)の技術が中国から伝わってきてからです。

もっとも原始的な染色方法として、植物を生地に直接こすりつけて色を染め付ける「摺染」(すりぞめ)です。

日本古代の色彩と染』には、摺り染めについて、下記のように記述があります。 続きを読む

わび(侘)、幽玄(ゆうげん)とは何か?和歌や、能、連歌における中世の美意識について。

「わび茶」、「侘び寂び(わびさび)」などという言葉がありますが、「わび」という言葉はどのような意味なのでしょうか?

芳賀幸四郎氏の『わび茶の研究』では、「わび」の美意識の形成を古代の歌論にさかのぼって詳しく論じています。その美意識は、大きく2段階に分けて考えられるようです。 続きを読む

日本における絹(シルク)の歴史。人間が蚕と紡いできた歴史とこれから。

シルクの起源は、紀元前2650年前、古代中国の神話伝説時代の8人の帝王の一人で黄帝の妃である、西稜が繭(まゆ)から糸をとり出すことを考え、貴人などのそばに仕える女性たちに養蚕と製糸の技術を教えたことから始まったとされています。

殷代安陽期(紀元前1200〜1050年)に出土した甲骨文字の中に「蚕」「桑」「絹」「糸」に関する文字が見られることから、遅くとも殷王朝時代の中国では、(紀元前1600年頃〜紀元前1046年まで続いた中国最古の王朝)すでに養蚕が行われていたとされます。

長きにわたって技術は国外秘にされていましたが、絹織物は、古代ギリシャのアレキサンダー大王(紀元前356年〜紀元前323年)の頃から絹の交易の道であったシルクロードを通じて国外に輸出されました。

シルクロードは、長安からシルクロードの分岐点として栄えた敦煌(とんこう)、新疆(しんきょう)の砂漠を通り、一方はインドへ続きます。 続きを読む

一流の茶人・茶の湯名人の条件とは何か?新しい発想で茶の湯を創造する力が名人の条件であった。

一流茶人の条件とは、古くはどのようなものだったのでしょうか。

主に中国から伝来した陶磁器である唐物を持ち、目利きがあり、茶の湯が上手であるというのは、名人の条件として考えられました。

また、茶の湯の名人である大事な条件として、新しい発想で茶の湯を創造する力が挙げられていたのです。 続きを読む

染料の種類。直接染料、酸性染料、塩基性染料、媒染染料、酸化染料、硫化染料、バット染料、カチオン染料、ナフトール染料、分散染料、蛍光染料について。

染料と呼ばれるものの種類は、非常にさまざまです。

染料の前に意味がくっついた「〇〇染料」という言葉の数々について、紹介します。 続きを読む

古い時代における染師の条件。

染色する人を染師と呼んだりしますが、古くはただ染めるだけではなく、染めるための原料を入手するところから、「染師」の仕事がはじまっていました。

原料となる草木が染料に適しているかどうかを見極めるために、「草の精」や「木霊」が宿るかどうかの判断がすごく大事とされていたのです。

少し長い引用になりますが、『日本古代の色彩と染』に染色を学びたい人にとっては一読する価値のある文章がありますので以下、引用します。 続きを読む

シルク(絹)繊維の性質と構造、美しい光沢感が生まれる理由。

シルクは、綿や羊毛と違い連続した細い繊維でできていて、しなやかな感触と優雅な光沢感を持っています。

シルクを産出しなかったヨーロッパでは、シルクはシルクロードを通って遠く中国から運ばれ、同じ重さの黄金と同じ価格で取引されたと言われています。

人類は5000年以上も前から、マユを利用して糸をつくることを知っていたようですが、現代においては貴重で最高の繊維とされているシルクの特徴としては、さまざま挙げられます。 続きを読む

日本の古代、飛鳥・奈良・平安時代の色彩と特徴。草木の木霊に祈りを捧げ、身を守るために自然の色を得る。

今から1000年以上も前の日本では、現在のように科学が進歩しておらず、人間の理解を超えた現象というものは極めて多かったことでしょう。

当時の人々は、不可思議な現象は人間以上の力をもつ何者かの成せる業と考え、自己に危害があると考えたときには救いを求めて祈りを行い、無事に過ごせたり良いことがあれば感謝の祈りをしていたとされます。

つまり、当時に人々にとっては、いわば「祈ること」は、最高の「科学」であったとも言えます。 続きを読む

紫根で染められた日本古代の色彩である紫色。深紫・深紫・中紫・紫・黒紫・深滅紫・中滅紫について。

日本古代の色彩は、薬草と考えられる草木で、草木の中に存在する木霊(こだま)に祈りつつ染付けがされていました。

飛鳥時代(592年〜710年)、奈良時代(710年〜794年)平安時代(794年〜1185年)の色彩の代表的なものに紫色があります。

紫根染めされた色の総称として「紫」が多く使われていましたが、呼び名は単に「紫」とひとくくりではありませんでした。

深紫(こきいろ)・黒紫(ふかむらさき・くろむらさき)・浅紫(うすいろ・あさきむらさき)中紫(なかのむらさき)・紫・深滅紫(ふかきめつし・ふかけしむらさき)・中滅紫(なかのめつし・なかのけしむらさき)・浅滅紫(あさきけし・あさきけしむらさき)など、さまざまな名前で表現されたのです。

それぞれの紫色の色彩について、取り上げます。 続きを読む

染色・草木染めをやる上で大切な心構え『染色の口伝』

本書は、古代の人々の心の遺産とも言うべき日本民族本来の、色彩と染を研究し、現在の多くの人々に、古代から伝承されて来た色彩の実態についての理解を得ようとするために執筆したものである。

前田雨城氏の著書、『日本古代の色彩と染』のまえがきには、上記の言葉があります。

この本は、なかなか安く出回っていないのですが、前田氏の集めてきた知識と実際の経験からの得た色について学べ、日本の古代における染色やその歴史について興味のある方にとっては読む価値が十二分にある本と言えます。 続きを読む