人類にとって、繊維の中でも麻(あさ)との関わりが最も古くからあると言われます。
紀元前約1万年前の新石器時代の遺跡から、麻織物が出土しています。
また、紀元前の古代エジプトのミイラは、麻の布で包んでありました。
繊維用語としての麻は、亜麻、大麻(たいま)、ラミー(ramie)、ジュート(jute)、マニラ麻などの総称を表します。
目次
人類最古の繊維である麻(あさ)
麻類は地球上のあらゆるところで自生し、種類も多いため、その起源を決めるのはむずかしいです。
一説によれば、原産地はロシアのコーカサス地方から中近東とされており、アーリア人(インド・ヨーロッパ語族に属している民族のうち、中央アジアからインドやイランに移動し、定住した民族)によって、東西に伝わっていったとされます。
紀元前2千年〜3千年にはエジプトでは、すでに麻が栽培されており、紀元前2世紀のローマ時代からヨーロッパ中部へ伝わっていきました。
古代ギリシャの歴史家であったヘロドトス(紀元前484年頃〜紀元前425年頃)の記述によると、現在のロシア西部を流れる、ヨーロッパ最長の川であるヴォルガ川やカスピ海、黒海の沿岸一帯では大麻栽培が行われ、船のロープや帆、衣類などに使用されていたようです。
11世紀には、ドイツやフランスに麻織物の技術が伝わり、14世紀にはイギリスに同業の組合ができたほど、麻が一つの産業として発達していました。
アメリカへ伝わったのは、17世紀頃のことです。
日本における麻の歴史
日本においては、約1300年前の正倉院御物(皇室の私有品)の衣服に、上布と呼ばれる麻織物が多くみられます。
縄文土器の中から、麻やヤシ科の植物である棕梠が発見されているので、4千年から5千年前から麻が使われていたことがわかります。
現存する日本最古の書物で歴史書である「古事記」や平安時代の神道資料「古語拾遺」には、大麻や苧麻などの麻について記されており、これより古い時代の麻は、科(榀)の木や楮などの樹皮繊維が主要な材料であったと考えられます。
日本人が特に大切にしていた麻が大麻(たいま)であり、現在でも伊勢神宮のお札は「神宮大麻」と呼ばれていたり、神官が麻を着用したりと、価値あるものとして神聖視していました。
木綿が大陸からやってきて、庶民にも爆発的に普及していく江戸時代以前は、苧麻を原料にした布が、一般的に生産されていました。
関連記事:日本の綿花栽培・木綿生産が普及した歴史。苧麻が、木綿に取って代わられた理由。
戦国時代から江戸初期にかけて、木綿が爆発的な普及したとされますが、麻も夏の普段着として変わらずに重用されていました。
江戸時代は貨幣経済が浸透してきたことから、商品作物や各藩の特産物として換金作物の栽培が推奨され、特に重要な作物は「四木三草」と呼ばれましたが、四木は茶、楮、漆、桑、三草は藍、紅花(または木綿)、そして麻でした。
麻の種類
麻は、非常に種類が多いことで知られており、植物の種類は60種類以上をこえます。
繊維の採取の仕方、繊維の硬さによって、軟質繊維(軟質麻)と硬質繊維(硬質麻)の大きく2つに分けることができます。
軟質繊維(なんしつせんい)
茎の内側の靭皮(樹木の外皮のすぐ内側にある柔らかな部分)から採取できるのが、軟質繊維(です。
代表的な亜麻や(繊維をフラックスと呼び、糸や布をリネンと呼んでるもの)、苧麻(ラミー、からむし、シナ麻)、大麻(ヘンプ)、黄麻(ジュート)、洋麻(ケナフ)、莔麻(インディアンマロー、青麻)などが挙げられます。
硬質繊維(こうしつせんい)
葉脈から採取できる硬めの繊維が、硬質繊維です。
マニラ麻(アバカ、マニラヘンプ)、サイザル麻、マオラン麻(ニュージーランド麻)などが挙げられます。
ニュージーランドにおいては、マオラン麻はハラケケ(harakeke)と呼ばれ、その繊維はマオリ族の伝統的織物に広く用いられてきました。
代表的な麻植物
代表的な麻植物は、リネンとラミーですが、そのほかにもヘンプ(大麻)やジュート(黄麻)、ケナフなどがあります。
亜麻(リネン)
亜麻は、草丈約1mの一年草で、ロシアやフランス、中国も古くからその産地です。
亜麻の繊維は茎から採れ、細くて短めですが、非常にしなやかで、木綿に近い風合いを持ち、黄色がかった薄茶色(亜麻色)です。
世界各地で重用されている麻の織物のほとんどが亜麻のリネンで、比較的寒い地域での栽培が多いです。
ベルギーは古くからリネンの名産地で、「ベルギーリネン」という言葉を一度は聞いたことがあるかもしれません。
アイルランドは、世界一の品質と伝統を持つ「アイリッシュリネン」の生産地として知られていました。
亜麻の繊維の特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- 乾きが速く、吸湿性があってムレにくい
- 光沢感がある
- しっとりとした柔らかさをもつ
- 汚れが取りやすい
- 丈夫で、耐久力がある
日本における亜麻の歴史は、明治8年頃(1875年)ロシアに駐在していた榎本武揚が亜麻産業を知り、北海道開拓使長の黒田清隆に種子を送り、札幌農場で試作したのが始まりといわれています。
亜麻の事業としては、明治17年(1884年)に現在の帝国繊維株式会社となる、近江麻糸紡績株式会社が滋賀県の大津にできたことが始まりです。
同社の創業時は、大麻を使用し、のちに亜麻を使用したようです。
苧麻(ラミー)
苧麻(ラミー)は、イラクサの多年草で、草丈は約2〜4mに成長します。
繊維が長く、麻特有のシャリ感が非常に強く、しなやかで、シルクのような光沢感があります。
リネンが主に西欧諸国で用いられてきたのに対して、苧麻(ラミー)は、中国やインド、日本など東洋を中心に使用されてきました。
日本では、「からむし」や「まを」などと称して古くから利用されてきました。
日本では、苧麻(ラミー)は、昔から大麻(ヘンプ)よりも高級な衣料として用いられてきました。
苧麻(ラミー)は大きく2種類に分けられ、日本や中国で栽培されてきた葉の裏面に白毛が密生している白葉苧麻と、熱帯地方に多い白毛のない緑葉苧麻があります。
福島県の昭和村は、古くから苧麻の産地で現在でも、栽培が続けられています。
苧麻の繊維の特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- 吸水性と放湿性(吸収した水分を放出する性能)が優れている
- 引っ張り強さ(繊維が切れるに至るまでの最大の力)がある
- 繊維にハリがある
- 光沢感がある
大麻(ヘンプ)
大麻繊維は、古くから日本で重宝されてきました。
大麻(ヘンプ)は、アサ科に属する1年草で、1~2.5メートルほどの高さに生長します。
戦前の日本には、大麻の栽培、所持、使用を禁止する法律はなく、農家は自由に大麻を栽培していましたが、戦後1948年、アメリカのGHQの指示によって大麻取締法が制定され、現在は許可を得たものだけが栽培できます。
大麻の繊維の特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- 吸水性と放湿性(吸収した水分を放出する性能)が優れている
- 丈夫で、耐久力がある
- 冷帯から温帯、熱帯まで、幅広い気候条件でも栽培できる
- 痩せた土地から肥沃な土地まで幅広い土壌条件で栽培ができる
家庭用品品質表示法により、衣類のタグに「麻」と表記できるのは、麻から作られる繊維のリネンと苧麻の繊維であるラミーのみで、大麻(ヘンプ)は含まれていません。
ちなみに、大麻繊維は「指定外繊維(大麻)」や「指定外繊維(ヘンプ)」などと表記されます。
黄麻(ジュート)
黄麻は、ジュート(jute)という名前でも知られ、草丈が1.5m〜3mほど生長する一年草です。
インドやバングラデシュが主な主産地で、5月頃に種をまいて4ヶ月ほど経過し、2m〜3mほどの高さに生長したものを収穫します。
黄麻は、根元部分の繊維が粗悪なので、上質な繊維を得るために根本より10cmほど上で刈り取ります。
刈り取り時期によって繊維の質が変わり、花が咲き始めることは、繊維が細くで強土は弱くなります。
良質な繊維は、白味を帯びた黄色で光沢感があり、粗悪品は灰色や褐色です。
花が落ちる時期が収穫に適しており、繊維がもっとも力強く、しっかりとしており、果実が熟した段階になってしまうと、繊維が粗くかたくなってしまいます。
黄麻の繊維の特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
- 手触りはザラザラとしていて、硬く感じる
- 乾きが速く、吸湿性がある
- 繊維が細く、強度や耐久性が他の麻類より劣る
- 細い糸を紡績するのがむずかしく、基本的には衣類用には向かない
- 布袋やカーペットの裏地、バッグの素材などに使用されている
- 栽培が容易で収量が多い
麻繊維の性質
主成分は、綿と同じセルロースですが、短い繊維が互いに密着した構造で、それぞれの繊維がルーメンと呼ばれる中空構造(ストローの空洞のようなイメージ)になっています。
麻の繊維の性質としては、以下のようなものが挙げられます。
- 水に濡れた場合の膨潤度(液体を吸収し、体積が膨れ上がる事)が、綿繊維と比べると低い
- 繊維が濡れた場合には、乾いている時よりも若干強度が強くなる
- ひっぱりや摩擦に強い
- 吸水性はしっかりあるのに乾きやすく、肌に涼しさを与える
感触が硬く、伸び縮みしづらいことによってシワが寄りやすくなる性質は、麻を使用するうえでは考慮にいれる必要があります。
日本の麻栽培地と主要な麻織物産地
日本においても、麻を栽培している地域が今でも残っており、古くから麻織物の産地として有名な土地がありました。
麻栽培地
苧麻・・・福島、沖縄
大麻・・・宮城、福島、栃木、群馬
麻織物産地
宮城・・・栗駒麻布
山形・・・関川麻布
福島・・・昭和麻布、会津からむし、大芦からむし
新潟・・・越後上布、小千谷ちぢみ
栃木・・・鹿沼麻
群馬・・・岩島麻
長野・・・尋麻布
富山・・・福光麻布
石川・・・能登上布、能登ちぢみ
滋賀・・・近江上布、近江ちぢみ、近江蚊帳、甲津原麻布
奈良・・・奈良晒、月ヶ瀬御料麻布
沖縄・・・宮古上布、宮古麻、八重山上布、八重山交布、八重山麻布 引用:『21世紀へ、繊維がおもしろい』
上記に記した麻織物で有名だった産地も、今では見る影もないところもありますが、まだまだその伝統を守っている土地と歴史を受け継いでいる人々がいます。
【参考文献】
- 『大麻(あさ) (地域資源を活かす生活工芸双書) 』
- 『苧(からむし) (地域資源を活かす生活工芸双書) 』
- 『月刊染織α1984年8月No.41』