胡桃は、クルミ科クルミ属の落葉高木の総称です。
古くから胡桃と呼ぶのは、「鬼胡桃(オニグルミ)」を示すこと多く、日本列島に自生しているクルミの大半はオニグルミ(学名:Juglans mandshurica var. sachalinensis)です。
樹皮は、暗灰色で縦に大きく割れ目が入ります。
4月〜6月にかけて若葉とともに花をつけ、その後に仮果(外皮)とよばれる実を付けます。
オニグルミ,Σ64, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons,Link
仮果(外皮)の中に核果が有り、その内側の種子(仁)を食用にする。
胡桃(オニグルミ)の青い仮果の皮や緑葉、樹皮などが染料に使用されます。
染色・草木染めにおける胡桃(オニグルミ)
日本において、胡桃は古くから染色に使用されていました。
一般的に、生の胡桃で染色する場合は、熟す前の青い実皮が一番濃く染まるとされ、熟して落下した実で染めると青い実に比べると赤味の強い色に染まります。
新鮮な果皮や葉を染料とし、絹や麻、苧を無媒染で紫褐色に染めることができます。
木灰の灰汁で媒染した胡桃は、やや赤みのある薄茶色になります。
樹皮に煎汁は、鉄水の媒染によって薄い褐色染料となります。
胡桃染(くるみぞめ)の歴史
古くから、「胡桃色」という色名があり、これはわずかに赤味を帯びた薄鼡色を表します。
『正倉院文書』の天平3年(731年)の写経目録の随所に「胡桃紙」「胡桃染紙」という記述があり、天平勝宝4年(752年)の経紙出納帳の中に「胡桃廿張」「麻胡桃九十六張」「中胡桃染廿張」「深胡桃染百二張」とあります。
上記の記述によって、この頃から胡桃で染めた紙、または漉色紙を経紙(写経の用紙)に用いてたことがわかります。
紙の製法が日本に伝えられたのは7世紀初頭とされ、紙の染色も古くから行われていました。
奈良時代(710年〜784年)には、装潢師という人々が、書物を書き写すために使う和紙の染色や紙継ぎなどを職業としており、黄檗によって黄色に染められて紙がもっとも多くみられています。
平安時代にまとめられた三代格式の一つである『延喜式』にも、胡桃が染めに使われていたことがわかる記載があります。
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『延喜式』の「縫殿寮鷹飼条」には、「行幸供奉飼鷹胡桃衫料細布。」とあります。
また、『延喜式』の「弾正台」には、「凡囚獄司物部横刀緒色。胡桃染。帯刀資人黄。」とあり、糸染めも行われていたことがわかります。
『蜻蛉日記』(954年〜974年の21年間のことが書かれている)には、「くるみいろの紙にかきて、いろかはりたる松につけたり」。
『源氏物語』(平安時代中期)には、「高麗の胡桃色の紙に、之ならず引きつくろいて」。
『枕草子』(平安時代中期)には、「胡麻色といふ色紙の厚肥えたるを」。
『大鏡』(平安時代後期)には、「中納言はみちのくの帋にかかれ、宰相のはくるみいろにてぞ侍める」などと、歴史的資料にも胡桃色の紙という記載があり、平安時代の頃に胡桃色の紙が人々に知られていたと考えられます。
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胡桃(オニグルミ)の染色方法
胡桃の未熟果皮にはアルファ・ベータ・ハイドロユグロン、ユグロン(juglone)、タンニン(annin)、クエン酸、リンゴ酸などが含まれ、堅実皮にはペントサン、タンニン、種子には脂肪油40~50%が含まれ、その主成分はリノール酸のグリセリドからなります。
胡桃の葉を利用した染色方法の一例として、以下のような工程があります。
オニグルミの葉,Σ64, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons,Link
①胡桃の緑葉800gを8リットルの水に入れて熱し、沸騰してから20分間熱煎し、煎汁をとる。同じようにして3回目まで、煎汁をとって混ぜて染液とする
②染液を熱して糸を浸し、20分煮染したあと、染液が冷えるまで浸しておく
③糸をしっかり絞り、天日の元で乾燥させる
④染液を再び熱して糸を浸し、20分煮染したあと、染液が冷えるまで浸しておく
⑤糸をしっかり絞ってから、木灰の灰汁6リットルの中に30分浸してから、水洗いし、天日の元で乾燥させる
⑥さらに染め重ねる場合は、新しく胡桃の緑葉800gを同じように煮出して染液にし、濃くしていく
木綿の場合は胡桃はあまり染まりませんが、豆汁下地をした上でPHが普通の水で煎汁をとり、アルミ媒染で発色します。
【参考文献】
- 『月刊染織α1985年No.54』
- 『月刊染織α1992年12月No.141』/li>