榛(はり)(学名Alnus japonica)は、和名で「ハンノキ」と言い、カバノキ科ハンノキ属です。
水気や湿気の多い場所に多く生育する落葉高木で、葉は,卵状の長楕円形で先がとんがりギザギザしています。
幹は直立してのび、高さが10m以上にも生長し、 樹皮は紫褐色から暗灰褐色で、縦に浅く裂けてはがれます。
早春、葉よりも早く開花し、雌花は楕円形で紅紫色で、実は青く熟します。
目次
染色・草木染めにおける榛(はしばみ・はり)
榛(はり)で染めた色といっても、その種類や染色に使用した部分、採取した季節によってそれぞれ違った色合いに染まるので、一定の色を決めるのは難しいようです。
『万葉集』の歌の中で榛(はり)を詠んだ歌は、14首ありますが、そのうちの10首が染色と関係があります。
ただ、『万葉集』の中の榛(はり)は、「榛(はり)」だけに限らず、毛山榛の木(ケヤマハンノキ)(学名Alnus hirsuta)、河原榛の木(カワラハンノキ)(学名Alnus serrulatoides)、夜叉五倍子(ヤシャブシ)(学名Alnus firma)、姫夜叉五倍子(ヒメヤシャブシ)(学名Alnus pendula)、大葉夜叉五倍子(オオバヤシャブシ)(学名Alnus sieboldiana)などの榛の種類を総称して、榛と表わしたと考えられます。
これらのハンノキ属の仲間で、蓁を染め、榛摺をおこなったと考えられます。
歴史的な文献における記述としては、日本最古の正史である(国の正式な歴史を記した書物)『日本書紀』の朱鳥元年正月記に「蓁摺の御衣三具」とあります。
『延喜式』の縫殿寮裁縫功程条には、「榛摺帛』とあり、中務省鎮務条には、「榛摺帛袍」とあります。
法隆寺献納宝物の「花鳥文摺染決断片」や、正倉院宝物の「摺絵花鳥文黄絁」などの袍(装束を構成する表着のこと)の断片は、榛摺と考えられています。
万葉集の榛摺(はりずり)の染色方法
正倉院宝物の屏風袋などの麻の粗布に摺られた榛摺は、山藍を使用して染めた青摺の衣と同じ方法で摺られたものと考えられます。
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①木材を彫って作成した版木に、米粉などで作った糊をつける
②糊のついた版木に、拓本をとる時と同じ要領で布を貼り付ける
③榛(はり)の生葉を、すり鉢でよく摺りつぶす
④摺りつぶした葉を、布で包んだタンポのようにする
⑤版木に貼った布の上に榛(はり)の葉を包んだタンポで叩き、液が酸化することで焦茶色に染めていく
⑥乾かしたあと、版木からはがし、水洗いしたあと干して仕上げる
万葉集の榛染(はりぞめ)の染色方法
衣服令の蓁を染め、『延喜式』主計上の「榛布」の色を黄茶色であったと推定した、煮染による染色方法です。
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①葉や小枝、樹皮や果実など800gを8リットルの水に入れて熱し、沸騰してから20分間熱しながら煎じて煎液をとる。水を入れ直し、同じように2回から3回ほど煎液をとり、まとめて染液にする
②染液を熱して80℃になったら糸を浸し、10分間煮染した後、染液が冷えるまで浸しておく
③染め糸をしっかり絞って、糸のかせを広げるようにさばいてから、天日の元、中干しする
④染液を再び熱して、中干しした糸を浸し、10分煮染したあと、染液が冷えるまで浸しておく
⑤染め糸をしっかり絞って、糸のかせを広げるようにさばいてから、天日の元、乾燥させる
⑥染め重ねる場合、葉や小枝を使用している場合は、新しく800gの素材を使って染液を作ってから染める
樹皮や果実の場合は、上記までに3回煎液をとったものから、さらに3回煎液を取り直すことも可能なので、追加で煮出した3回分を混ぜて染液にする
⑦最後に灰汁(PH11)5リットルに染めた糸を30分ほど浸したあと(媒染の役割)、しっかり水洗いし、天日に干して乾かす
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榛の黒摺(くろすり)の染色方法
法隆寺献納宝物や正倉院宝物の品物も、榛の黒摺で染められたものがあると考えられています。
①榛の葉500gを8リットルの水に入れて火にかけ、沸騰してから15分ほど熱を加えながら煎じる
②煎汁に笊にあけて、染液をとる
③同じように二番の染液をとって、一番液と一緒にし、精錬した絹(シルク)素材の染め布(糸)を浸して20分ほど煮染めする
④染液が冷えたら軽く水洗いし、天日の元干して乾かす
⑤染色している素材が乾いたら、染液を再び熱して絹(シルク)素材の染め布(糸)を入れて20分間煮染めした後、染液が冷えるまで置いておき、その後、天日の元乾かす
季節によって色は変化しますが、榛の葉を用いると黄味の少ない茶色になる
⑥版木に米糊をつけて、茶色に染まった布を貼りつける
⑦鉄漿(木綿や絹の黒染めによく使用される)を布にしみ込ませて、その鉄漿をタンポにつけて版木の布を少しずつたたいていく
⑧鉄のついた部分だけが黒く発色し、全てが黒く発色したら乾かないうちに版木からはがして、流水に浸し、しっかり水洗いして仕上げる
【参考文献】『月刊染織α1985年No.49』