染色・草木染めにおける榛(はしばみ・はり)。万葉集における榛の染色方法について


はしばみ(はり)(学名Alnus japonica)は、和名で「ハンノキ」と言い、カバノキ科ハンノキ属です。

水気や湿気の多い場所に多く生育する落葉高木らくようこうぼくで、葉は,卵状の長楕円形で先がとんがりギザギザしています。

榛(はり),Alnus japonica Olsza japońska 2021-10-02 05

榛(はり),Agnieszka Kwiecień, Nova, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons,Link

幹は直立してのび、高さが10m以上にも生長し、 樹皮は紫褐色しかっしょくから暗灰褐色あんかいかっしょくで、縦に浅く裂けてはがれます。

榛,Alnus japonica 02

榛,Alnus japonica,Σ64, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons,Link

早春、葉よりも早く開花し、雌花めばなは楕円形で紅紫色で、実は青く熟します。

染色・草木染めにおける榛(はしばみ・はり)

はしばみ(はり)で染めた色といっても、その種類や染色に使用した部分、採取した季節によってそれぞれ違った色合いに染まるので、一定の色を決めるのは難しいようです。

万葉集まんようしゅう』の歌の中ではしばみ(はり)を詠んだ歌は、14首ありますが、そのうちの10首が染色と関係があります。

ただ、『万葉集まんようしゅう』の中のはしばみ(はり)は、「はしばみ(はり)」だけに限らず、毛山榛けやまはんの木(ケヤマハンノキ)(学名Alnus hirsuta)、河原榛かわらはんの木(カワラハンノキ)(学名Alnus serrulatoides)、夜叉五倍子やしゃぶし(ヤシャブシ)(学名Alnus firma)、姫夜叉五倍子ひめやしゃぶし(ヒメヤシャブシ)(学名Alnus pendula)、大葉夜叉五倍子おおばやしゃぶし(オオバヤシャブシ)(学名Alnus sieboldiana)などの榛の種類を総称して、はりと表わしたと考えられます。

これらのハンノキ属の仲間で、はりそめを染め、榛摺はりずりをおこなったと考えられます。

榛,Alnus japonica 01

榛,Alnus japonica,Σ64, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons,Link

歴史的な文献における記述としては、日本最古の正史せいしである(国の正式な歴史を記した書物)『日本書紀』の朱鳥しゅちょう元年正月記に「蓁摺の御衣三具」とあります。

延喜式えんぎしき』の縫殿寮ぬいどのりょう裁縫功程条には、「榛摺帛はりずりはく』とあり、中務省鎮務条には、「榛摺帛袍はりずりはくほう」とあります。

法隆寺献納宝物ほうりゅうじけんのうほうもつの「花鳥文摺染決断片」や、正倉院宝物の「摺絵花鳥文黄絁」などのほう(装束を構成する表着うわぎのこと)の断片は、榛摺はりずりと考えられています。

万葉集の榛摺(はりずり)の染色方法

正倉院宝物しょうそういんほうもつ屏風袋びょうぶぶくろなどの麻の粗布そふられた榛摺はりずりは、山藍を使用して染めた青摺あおずりころもと同じ方法でられたものと考えられます。

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①木材を彫って作成した版木はんぎに、米粉こめこなどで作ったのりをつける

のりのついた版木はんぎに、拓本たくほんをとる時と同じ要領で布を貼り付ける

はしばみ(はり)の生葉を、すり鉢でよくりつぶす

りつぶした葉を、布で包んだタンポのようにする

版木はんぎに貼った布の上にはしばみ(はり)の葉を包んだタンポで叩き、液が酸化することで焦茶色こげちゃいろに染めていく

⑥乾かしたあと、版木はんぎからはがし、水洗いしたあと干して仕上げる

万葉集の榛染(はりぞめ)の染色方法

衣服令のはりそめを染め、『延喜式えんぎしき』主計上の「榛布」の色を黄茶色であったと推定した、煮染にぞめによる染色方法です。

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①葉や小枝、樹皮や果実など800gを8リットルの水に入れて熱し、沸騰してから20分間熱しながら煎じて煎液せんえきをとる。水を入れ直し、同じように2回から3回ほど煎液をとり、まとめて染液にする

②染液を熱して80℃になったら糸を浸し、10分間煮染した後、染液が冷えるまで浸しておく

③染め糸をしっかり絞って、糸のかせを広げるようにさばいてから、天日の元、中干しする

④染液を再び熱して、中干しした糸を浸し、10分煮染したあと、染液が冷えるまで浸しておく

⑤染め糸をしっかり絞って、糸のかせを広げるようにさばいてから、天日の元、乾燥させる

⑥染め重ねる場合、葉や小枝を使用している場合は、新しく800gの素材を使って染液を作ってから染める
樹皮や果実の場合は、上記までに3回煎液をとったものから、さらに3回煎液を取り直すことも可能なので、追加で煮出した3回分を混ぜて染液にする

⑦最後に灰汁(PH11)5リットルに染めた糸を30分ほど浸したあと(媒染の役割)、しっかり水洗いし、天日に干して乾かす

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榛の黒摺(くろすり)の染色方法

法隆寺献納宝物ほうりゅうじけんのうほうもつ正倉院宝物しょうそういんほうもつの品物も、榛の黒摺くろすりで染められたものがあると考えられています。

①榛の葉500gを8リットルの水に入れて火にかけ、沸騰してから15分ほど熱を加えながらせんじる

煎汁せんじゅうざるにあけて、染液をとる

③同じように二番の染液をとって、一番液と一緒にし、精錬したきぬ(シルク)素材の染め布(糸)を浸して20分ほど煮染めする

④染液が冷えたら軽く水洗いし、天日の元干して乾かす

⑤染色している素材が乾いたら、染液を再び熱してきぬ(シルク)素材の染め布(糸)を入れて20分間煮染めした後、染液が冷えるまで置いておき、その後、天日の元乾かす

季節によって色は変化しますが、榛の葉を用いると黄味の少ない茶色になる

版木はんぎに米糊をつけて、茶色に染まった布を貼りつける

鉄漿てっしょう(木綿や絹の黒染めによく使用される)を布にしみ込ませて、その鉄漿てっしょうをタンポにつけて版木はんぎの布を少しずつたたいていく

⑧鉄のついた部分だけが黒く発色し、全てが黒く発色したら乾かないうちに版木はんぎからはがして、流水に浸し、しっかり水洗いして仕上げる

【参考文献】『月刊染織α1985年No.49』


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