河海のほどりに生息するチドリ(千鳥)は、海浜や川辺の風景の一部として古くから人々から親しまれてきました。
歌にも詠まれ、「春恋う鳥」、「友にはぐれた鳥」として心細い心境、あわれ深い境地などが表現されました。
千鳥を文様化(模様化)した千鳥文にも、このような詩情が関係しました。 続きを読む
河海のほどりに生息するチドリ(千鳥)は、海浜や川辺の風景の一部として古くから人々から親しまれてきました。
歌にも詠まれ、「春恋う鳥」、「友にはぐれた鳥」として心細い心境、あわれ深い境地などが表現されました。
千鳥を文様化(模様化)した千鳥文にも、このような詩情が関係しました。 続きを読む
古くから、「三纈」と呼ばれる染色技法があります。
「上代の三纈」「天平の三纈」などと称し、三纈の染色技法が、奈良時代には(710年〜794年)今の中国からすでに伝わっていました。 続きを読む
紙布は、江戸時代頃から、全国の紙の産地で織られていたようで、特に有名だったのが宮城県の白石市です。
白石は、仙台の仙台藩(伊達藩)の統治下にあった城下町です。
この地方では、東北という寒い地域でもあったため木綿の栽培に適さず、藩の財政上の理由から綿の買い入れも禁止されていました。
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八重山上布は、別名「赤縞上布」や「白上布」とも呼ばれ、多くの伝統を持つ八重山地方における代表的な織物です。
琉球王朝時代に、人頭税下(納税能力に関係なく、全ての国民1人につき一定額を課す税金)で貢納布として織らされていたものが現代に残ったもので、苧麻の白地に紅露(ソメモノイモの根塊)で絣を摺り込み、捺染した麻織物を主に表します。
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江戸時代中期以降、きらびやかな色彩で、思うがままに描かれた模様染めが一世を風靡しました。
友禅模様と言い伝えられたこの染めは、精密な糸目糊による色挿しと巧みな暈しによって、従来の刺繍や絞り染めなどの技法では表現できなかった絵画のような模様を着物にもたらしました。
特に、風景を題材にしたものは、江戸時代中期にもっとも好まれたもののひとつでした。 続きを読む
更紗とは、16世紀以降、ポルトガルやオランダ、イギリスなどのいわゆる南蛮船が運んできた、インドや東南アジアの模様染めされた布を指して呼ばれたものです。
更紗は「紗羅紗」や「皿更」、「華布(印華布)」とも書かれ、現在のタイの呼び名であるシャム辺りから渡来したとされたため、や「紗室染」などとも言われていました。
今日における「更紗」といえば、木綿に東南アジアやインド的な模様を細かく模様染めされた布を指していることが多いです。 続きを読む
織物は、経糸と緯糸が互いに交差しあってできる布ですが、織り込もうと思えば、大抵どのようなものでも緯糸として使用できます。
例えば、和紙やイネ科の多年草である葭、ヤシ科のツル性植物である籐、木の皮などを糸にして緯糸に織り込んでいる織物などさまざまあります。 続きを読む