染色、とりわけ型染めにおいて必要不可欠なのが、防染糊です。
天気や気温、湿度などを踏まえた上で、自分自身に適した糊を作るのがポイントで、防染糊をどのように調節して作るかは、のちの糊置きや染色に影響する大切な仕事です。
糊置き(型付け)に使う防染糊を、型糊といいます。
防染糊(型糊)は、染料店やネットでも販売しており、粘りを調節すればすぐに使用できますが、原料から防染糊(型糊)を自作することも可能です。
目次
染色・型染めにおける防染糊(ぼうせんのり)の作り方
防染糊(型糊)の作り方としては、もち粉(もち米の粉)と米糠(小紋糠)を主成分として、これに消石灰と塩を混ぜたものが基本的に使用されます。
糊を煮る具合や、材料を混ぜる分量などの調整には経験が必要で、それぞれの職人のくせや好み、型紙の種類や難しさ、天候などによっても防染糊(型糊)の作り方は変化していきます。
古くからは、「一糊、二腕」といわれていたほど、糊の良し悪しが型付けの結果を左右するほどのものでした。
防染糊の簡単な作り方
防染糊を一番簡単に作る方法としては、田中直染料店や藍熊染料株式会社から出来上がっている糊を購入し、用途に応じて、消石灰を使用して糊の硬さを使いやすいように調整していきます。
基本的な防染糊を作る工程
それぞれの好みや周りの環境、糊置きするものの種類によって、糊の調整の仕方は違うということを踏まえた上で、基本的な防染糊を作る工程は以下のようになります。
①もち粉と米糠を同量混ぜ、食塩を少々加えた水で固めに練っていきます。
②練ったものをドーナツ状に丸め、蒸し器で40分〜1時間ほど蒸します。
③蒸しあがったら、他の容器に移して消石灰をお湯に溶かした上澄液を加えてさらに練り上げます。
粘りの強い糊が良ければ、もち粉の量を増やして米糠の量を少なくします。
④この糊を元糊として、糊置き前に食塩を混ぜたお湯を加えて再度練り、糊置きに適した柔らかさにしてから使用します。
⑤糊置きの種類によりますが、糊ができたら、最後に赤い色素(別の色でも良い)を混ぜて色をつけることで、裏から型をおく場合に、表に置いた型が透けて見やすくなります。
例えば、両面から糊置きをする長板中型などでは、色をつけた方が良いでしょう。
防染糊(ぼうせんのり)に消石灰(しょうせっかい)を加える理由
防染糊に消石灰を加える理由としては、石灰は糊の粘度を高めて防染力を増し、糊の乾燥を早める効果があります。
消石灰を加えていくと、糊が黄褐色に変化していくので、色の変化も確認しながら加えていきます。
使用する際は消石灰をそのまま糊に加えるのではなく、小さい容器に消石灰をいれ、そこに少量のお湯を注ぎ、かき混ぜて溶かした上澄液を使用して、固さを調整していきます。
場合によっては、沈殿した消石灰の部分も使用して糊の固さを調節していきます。
防染糊(ぼうせんのり)に食塩を加える理由
糊置きしたものは、乾燥させてから染められますが、糊が乾燥する際にひび割れてしまい、その部分の強度が落ちたり、防染した部分が染まってしまうリスクがあります。
防染糊に食塩を加える理由としては、糊が割れにくくなる効果があります。
糊置きの仕上げに、おがくず(木くず)を振りかける
防染糊の補強のため、糊置きした部分に、おがくず(木くず)を振りかけます。
おがくずが糊置きした部分の表面にくっつくことで、糊自体が補強され、糊が乾燥する際のひび割れを防いだり、染色時に糊が崩れ、防染部分が染まってしまうリスクを下げることができます。
おがくず(木くず)は、木の種類や細かさで種類が分かれており、使いやすいものを選びます。
粒子が小粒のものが、糊に細かくくっついていきます。
おがくず(木くず)を購入する際は、ネットでも簡単に買えますし、おがくず工場から直接仕入れることもできます。
防染糊を作る具体的な例
防染糊は、もち粉(もち米の粉)と米糠、石灰と塩を混ぜたものが基本的に使用されますが、具体的な作り方の事例を挙げていきます。
型付け用の糊作りの例1
伊豆大島で藍染をしたり、陶器づくりをおこなっている著名な作家である菅原匠氏は、以下のような糊づくりをおこなっています。
以下、『菅原匠藍染集』からの引用です。
糊の調整で仕事が決まる。自然状況を踏まえた上で自身に適した糊を作ることがポイントである。
材料はもち粉、小紋糠、石灰、食塩。
もち粉と小紋糠の割合は一対一(もち粉が多くなると文様際がソフトに仕上がる。シャープに仕上げたい時はその逆)。これに全量の三%の石灰を加える。
少しづつ湯を注ぎ、耳たぶの固さになるまでこねる。適量をとり、ドーナツ状にして蒸し器に並べ約二時間蒸す。
蒸し上がったら別な容器にとり固まりがなくなるまで充分にこね上げる。更に石灰の上澄を加えながら糊の弾力調整する。
途中で三%の食塩を加える。雨季は少な目の方がよい。
出来上がったら糊に沈殿石灰を少しづつ加えて弾力を加減する。調整が終わったら糊の表面に空気が入らないようにして出来上り。『菅原匠藍染集』
小紋糠とは、お米の糠を炒った物を石臼などで細かく挽いてあるのもののことです。
「石灰の上澄」とは、石灰を少量のお湯や水で溶いて、時間が経ってから石灰が沈殿した後の上澄液のことです。
「沈殿石灰」とは、上澄の下に沈殿した石灰のことを表します。
型付け用の糊作りの例2(熱湯で茹でて糊を作る)
もち粉100gに小紋糠150g、塩15g、消石灰11gと熱湯を準備します。
①容器に(直径20cmくらいのボール)にもち粉100gと塩15gをいれ、手で良く混ぜあわせ、もち粉と塩に小さな塊が無いかを確かめながら、あれば丁寧につぶしておきます。
②熱湯100ccに消石灰2gを溶かし、その上澄液70cc(薄く白く濁っている状態)を徐々にもち粉と塩を混ぜたものに加え、手にもち粉がつかない程度の粘度まで十分に練ります。
糊に石灰分が多く混ざりすぎると滑らかな糊になりにくくなるため、熱湯と消石灰を混ぜ合わせてから少し時間をおいて、薄く白く濁っている程度の上澄液を使用するのがよいとされます。
白かったもち粉は消石灰水の上澄液を入れると黄色味を帯び、もち粉は練り込んでいくにしたがって柔らかくなるため、しっかりと練り込みながら徐々に上澄液を注ぐのがポイントです。
③練り上がってから、三等分にちぎり、厚さ2cmほどの小さい餅状にして、火の通りをよくするため、中央部分を少し押さえて薄くしておきます。
小さい餅状にした際に、消石灰水の上澄液が足りないとひび割れが生じます。
逆に石灰分が多いと硬くなりすぎてしまい、元に戻すためにはもち粉と熱湯を加えて再び練り込まなくてはなりません。
④容器(直径20cmくらいのボール)に八分目ほど熱湯を沸かし、その中へ小さい餅状にしたものを入れ、お湯の正面に浮き上がってくるまで、容器の底に引っ付いて焦げたりしないように棒で時々動かします。
火が通ると液面に浮かび上がってきますが、それまでに互いにこすれ合って溶けないように火力を中火にし、浮き上がってきてから、しっかりと40分ほど茹でます。
茹でている間に湯の量が減ったら適当に熱湯を追加し、糊に火が通れば通るほど良い糊になるとされます。
茹でるのではなく、蒸し器を利用する場合はドーナツ状にしてふきんに包んでから、蒸していきます。
⑤茹で上がったものは、平らな容器に移し、棒でつぶしながら練っていきます。
糊状になれば、熱湯50ccに消石灰2gを加えてよく混ぜながら糊の中に入れ、さらに十分に練り込んだものが元糊となります。
⑥別の容器(直径20cmくらいのボール)に小紋糠150gを入れ、小さな塊が無いかかき混ぜながら確かめ、あればしっかりとつぶしておきます。
熱湯250ccに消石灰7gを加え、棒でかき混ぜながら徐々に小紋糠の容器に加えていき、手でかき混ぜながら手早く練っていきます。
小紋糠は、消石灰水を加えることでだんだんとカラシのような色に変わってきます。
小紋糠を消石灰で練ったものを、「ぬかがき」と呼びます。
⑦「ぬかがき」を先の元糊に加えて、一気に練り上げて、藍染用の型糊が完成します。
糊の表面をビニールで覆い、冷蔵庫に入れて保存すれば、2〜3週間程度保ちます。
使用する際は再度よく練り直し、用途に応じて粘度が足りなければ、消石灰を加えて練ります。
消石灰が入りすぎると固まってしまうため、注意が必要です。
【参考文献】
- 『長板中型 第一回文化財探訪』
- 『菅原匠藍染集』
- 『月刊染織α1988年5月No.86』