花卉文とは、草花や樹木を模様化(文様化)したものを表します。
ヨーロッパでは草花や樹木を写生的(自然や事物を実際に見たままに描くこと)に扱うことが少なく、ロゼット(rossette)やパルメット(palmette)、唐草模様などにデザインされましたが、東アジアや日本などでは写実的に扱われることが多くありました。
古くは、中国やインド、ペルシャなどからの影響が大きく、唐花や宝相華などの空想的な花卉文が愛好されていました。
垣根文は、家屋の外周に設けた垣根を模様化(文様化)したものです。
材料や作り方、形や好み、場所などによってさまざまな種類の垣根文があります。
花卉文や風景文と共に用い、情趣が添えられます。
花卉文とは、地面から生えた草花を模様化(文様化)にしたもので、牡丹や石榴、菊、椿、薔薇などの植物がよく用いられます。
燕子花は、アヤメ科の植物で池や沼、湿地に自生しています。
日本においても親しまれており、7世紀後半から8世紀後半にかけて編集された、現存する日本最古の歌集である『万葉集』には、燕子花が詠われています。
平安時代の歌人である在原業平思わせる男を主人公とした和歌にまつわる短編歌物語集である『伊勢物語』には、五七五七七の最初の文字を並べると「かきつはた」になる下記の一首を詠んでいます。
唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ
現代語訳 (何度も着て身になじんだ)唐衣のように、(長年なれ親しんだ)妻が(都に)いるので、(その妻を残したまま)はるばる来てしまった旅(のわびしさ)を、しみじみと思うことです
古くから燕子花が日本人の美意識や情感に非常にうまくマッチしていたと言え、さまざまなデザインの題材にも用いられてきました。
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描絵とは、衣服の模様(文様)付けうちの一つの様式(スタイル)です。
墨や顔料で描いたり、染料を筆で絵の具のように用いて衣服に模様(文様)をつけていきます。 続きを読む
蓮(学名Nelumbo nucifera)は、ハス科ハス属の耐寒性落葉多年草の水生植物です。
蓮は、インドやその周辺地域が原産地とされ、世界中の熱帯や温帯地域の蓮田、泥沼、池、水田で栽培されています。
荷花文(荷花模様)の荷花は蓮の花を意味し、中国では夏の象徴として知られています。
英名ではロータス(Lotus)と呼ばれ、大きな葉を乾燥させたものは漢方薬の「荷葉」の原料となります。 続きを読む
「禾稼」、の「禾」は穀物の総称で、「稼」は実った穀物を表すため、禾稼とは穀物を意味します。
穀物の模様(文様)である禾稼文は、中国の殷代(紀元前17世紀頃〜紀元前1046年)の頃の銅器のデザインにみることができ、米や麦、粟や黍などがモチーフとなっています。
儒教の経典(十三経)の一つで、『礼記』『儀礼』とともに「三礼」を構成する書物である『周礼』には、爵位を授けられた者の穀壁に禾稼文を浮彫りにすると規定されてました。
日本における禾稼文には、稲の形を模様化(文様化)した稲文や粟(ぞく)を模様化(文様化)した粟文などがあります。
稲文は、染織品や道具のデザインにあまり使われることは少なく、紋章として比較的使われました。
また、京都伏見の稲荷神社の「束稲」にみれるように、神紋としても歴史があります。
稲文の紋には、葉のついた稲を左右から丸く向かい合わせた形を描いた抱稲なども知られています。
家屋文とは、家屋を模様化(文様化)したもので、古くは弥生時代後期頃(1~3世紀)に製造されたとされる「袈裟襷文銅鐸」に高床切妻の建物とされるものが描かれています。
古墳時代前期にあたる4世紀ごろに作られたとされる円鏡の「家屋文鏡」にも建物の模様(文様)が描かれており、古代建築を知る上で重要な史料であるとされています。
佐味田宝塚古墳出土 家屋文鏡レプリカ,Saigen Jiro, Public domain, via Wikimedia Commons,Link
染織品では、奈良県斑鳩町の中宮寺が所蔵する飛鳥時代(7世紀)に作られ、日本最古の刺繍遺品として知られる「天寿国繡帳」(天寿国曼荼羅繍帳)があります。
「天寿国繡帳」に表現されているデザインの中には家屋がみられ、7世紀中頃の染色技術や服装、仏教信仰などを知るうえで貴重な遺品とされています。
天寿国繡帳(てんじゅこくしゅうちょう)天寿国曼荼羅繍帳(てんじゅこくまんだらしゅうちょう)Tenjyukoku embroidery,TOKYODO, Public domain, via Wikimedia Commons,Link
染織品である「屋形錦御衣」には、全面に家屋文が描かれています。
江戸時代の小袖には、藍の濃淡で染められた(茶屋染された)帷子である茶屋辻に見られる風景文(風景模様)や、『源氏物語』をテーマとした絵柄を小袖に表現されたものなど、数々のデザインのなかに家屋文が表現されています。
沖縄の紅型染にも家屋文が多く題材とされたり、絵絣には大胆なデザインの家屋文が用いられていました。
窠に霰文(かにあられもん)は、有職文様のひとつで、霰の地紋、すなわち石畳文の上に、窠文を互の目、あるいは並列に配したものです。
有職文様とは、平安時代以降の公家社会において装束や調度、輿車、建築などに用いられた伝統的な模様(文様)で、窠に霰文(かにあられもん)も平安貴族の服飾に多く用いられたとされます。 続きを読む
江戸時代に出版された書物である『女鏡』(上中下3冊)には、冠婚祝賀の心得や礼儀作法、服装、化粧、その他江戸時代の婦女子の躾の全般にわたる事項を、多数の挿絵が添えてながら記されています。
そのうちの一項目である「小袖めす模様の事」の項に、衣桁(着物を掛けておくために用いる、鳥居のような形をした衣裳掛け)にかけて表した式色服と12ヶ月の小袖模様(文様)十六図があります。
小袖とは、現在の「きもの」の原型にあたるもので、その名の通り、袖口が狭く詰まった仕立てになっています。
『女鏡』は、いわゆる雛形本と同じ形式で小袖模様(文様)が表現されているため、雛形本の先がけともいえます。
雛形(ひいながた)は、ある物や模型や図案、模様などを人に示すのに都合が良いように、その形を小さくかたどって作ったもので、雛形本とは、本のようにまとまったデザイン集のようになっています。
江戸時代から明治時代にかけての建築や指物(金属で作った釘を使わずに組み立てられた木工品・家具)、染織などの分野で雛形本が作られました。
関連記事:雛形本(ひながたぼん)とは?染織におけるデザインの見本帳について
『女鏡』は、慶安5年(1652年)に山本長兵衛によって改訂版である『女鏡秘傳書(じょきょうひでんしょ)』が出され、万治3年(1660年)版では、『女諸礼集』と改題され、この後にも数冊、本の体裁や内容の一部を変更するなどしてしばしば刊行されました。
ただ、小袖の模様(文様)に関する項目は、寛文(1661年〜1673年)以前の版も、その後のものも変化がありません。
各模様(文様)は、式色服に小柄な鶴亀松竹の吉祥文様(縁起がいいとされる図柄)がベタ付けしてあるほか、四本の平行線で囲まれた四辺形を基本とする幸菱や杉綾などの縞模様(縞文様)があります。
12ヶ月の小袖模様(文様)には、雲や波、雁木形などの模様を、デザインの区画を構成するための素材として使用しています。
その他、月名や季節を示す決まりの植物や郭公などの動物、氷や雪などの文字を共に配し、大胆に構成されたものが多くあります。
慶長の頃の模様(文様)は、抽象的なイメージから具体的なものへと移っていく過渡期において、すでに寛文の模様様式を感じられます。
注記してある地色名は、以下の通りです。