江戸時代に木綿の栽培が日本中で広まり、木綿に染まりやすかった藍染の需要も飛躍的に伸びていきました。
江戸時代は貨幣経済が浸透してきたことから、商品作物や各藩の特産物として換金作物の栽培が推奨され、特に重要な作物は「四木三草」と呼ばれました。
四木は茶、楮、漆、桑、三草は藍、紅花、麻のことを指します。
藍の産地としては、江戸時代中期ごろから徳島県の吉野川流域(阿波)が最も盛んで、「阿波藍」としてブランド化していました。
現在の埼玉県が含まれる(武蔵国)でも江戸時代から藍の栽培(藍作)と藍染が行われており、明治初期には阿波藍に次ぐ全国第2位の生産高を誇っていました。
埼玉県深谷市は、2024年度(令和6年度)発行の新一万円札の「顔」となった渋沢栄一(しぶさわえいいち)(1840年〜1931年)が生まれた地で、彼の生まれ育った家も藍染の原料となる藍づくり農家でした。 続きを読む