浮世絵版画において、特徴的な色として露草を原料にした青があります。
露草は、夏の暑い時期に青い花を咲かすツユクサ科の一年草です。
別名を、月草や蛍草などともいいます。
英語名では、「Dayflower」と表記し、花が咲いてからわずかな時間でしぼんでしまうという特徴が名前からもよくわかります。
古くから日本では、この露草を原料にした青色が使用されていました。
目次
青花(あおばな)とは?
日本の代表的な染色工芸の一つである友禅染めの下絵を描く際に、露草の花びらの汁から抽出された青い染料が使われていました。
露草の花びらの汁から抽出された染料は、青花と呼ばれ、染色の際の下絵を描く材料に古くから使用されていました。
青花が下絵用なのは、水洗いすることで簡単に色が流れてしまう性質を利用しているためです。
露草の花の汁を和紙にしみ込ませて「青花紙(つゆ草紙)」を作り、使用する際にその紙を水に入れて青花の液を作り、下絵描きに使用するという形で青色を保存する工夫もされていました。
滋賀県が青花紙の産地として知られ、滋賀の露草は長い間かかって改良され、「大帽子花」と称される大きくて立派な花が群がるように咲かせている品種が栽培されていました。
現在は、下絵に青花を使用することはほとんどなく、染料店などで購入でき「青花ペン」と呼ばれる、水で濡らすとすぐに落ちてしまう性質の青色のペンが使用されています。
露草(つゆくさ)を原料にした青の染め色
浮世絵版画において江戸時代の終わりごろまでは、紫色といえばそのほとんどが露草と紅を混ぜたものが使われていました。
露草の青色単体で、使用する場合もあったようですが、すぐに変色してしまうということは明らかです。
文政期(1818年〜1830年)以前の浮世絵に使われている青色は、今に残されている作品を見る限りにおいては、藍を青色として使用している例が非常に少なく、黄色と藍を混ぜて緑色として使っているものが多いようです。
青の絵具として使われていたのは、藍ではなく露草がほとんどだったのです。
なぜ浮世絵版画に、露草の青が使用されたのか
藍を顔料化するのが非常に難しく、藍由来の青を量産することができなかったというのは考えられますが、なぜ版画向きとは思えない露草が青の絵具として使われていたのでしょうか?
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『色彩から歴史を読む』では、勝原伸也氏(立原位貫)がその理由について以下のように書いています。
青い色を藍ではなく露草を使用した今一つの理由に、その質感もあると思われる。私は、浮世絵版画を木版をつかった一種の染色であると理解しているが、このことは原画を観察すればよくわかると思う。
粒子の細かい絵具を浸透性のよい和紙に馬連で圧力をかけて摺ることでその紙の繊維に染み込ませている様子からは、上質の絹に染め上げた織物を見るような深みを感じることがある。
不透明な藍の絵具に比べ、露草の青は、その浸透性のよさから、和紙に摺り込んだ時に非常に深みのあるもので、そういった特徴を使い分けることで生じる質感といったものが、浮世絵版画をいっそう表現力のあるものにしているのだ。
露草だからこそ出せる青い色合いがあることを、当時の職人達はよく知っていたのでしょう。
使い分けという点では、江戸時代中期には、ドイツでつくられたプルシャンブルー、日本では「ベロ藍」と呼ばれた青色の顔料が大量に輸入されはじめましたが、紫色に関しては、露草と紅を混ぜ合わせたものが引き続き使われていたようです。
このことについても、勝原伸也氏は述べます。
ベロ藍が大量に輸入され安価になり使用上も手軽でありながら、紫色に関しては相変わらず露草を用いている事実に、私は、当時の絵師や摺師の絵に対する普遍的な美意識を感じることができ、またこのことからは、彼らがただ便宜性や経済効率のみではなく、自らの美意識をその仕事の中心に置こうとする気概といったものもくみ取ることができるのである。引用:『色彩から歴史を読む』
退色しづらく鮮やかな色を出すことができるベロ藍が輸入されても、植物由来の色であるために扱いづらい露草を使い続けた職人達がいたという事実に驚きを感じます。
『万葉集』に詠まれる露草
奈良時代末期に成立したとされる日本に現存する最古の和歌集で、4,500首以上歌が集められている『万葉集』にも、露草のように儚く移ろいゆくさまを詠んだ歌が9首あります。
露草の花がすぐしぼんでしまうような儚さをものごとに例えたり、露草で染めた色がすぐ落ちたり変わってしまうことを例えるというような言葉の使い方が、当時の定番だったのだと、歌をみてみるとよくわかります。
色が変わりやすい露草に、愛着を持つ人々も多かったのでしょう。
583:月草のうつろひやすく思へかも我が思ふ人の言も告げ来ぬ
→私が想っているあの人がなんにも言って来ないのは、露草のように変わりやすいからでしょうか
1255:月草に衣ぞ染むる君がため斑の衣摺らむと思ひて
→あなたに見てもらいたくて、斑の衣にしようと思って、私の衣を月草で染めてみたのです
1339:月草に衣色どり摺らめどもうつろふ色と言ふが苦しさ
→露草に着物を染め上げたいけれど、色うつりしやすいと言われているから心配だ
1351:月草に衣は摺らむ朝露に濡れての後はうつろひぬとも
→衣服を月草で摺って染めよう。たとえ朝露に濡れて色があせてしまっても
2281:朝露に咲きすさびたる月草の日くたつなへに消ぬべく思ほゆ
→朝露を浴びて咲き誇る露草が、日が傾くにつれてしぼむように、日暮れが近づくにつれて、私の心もしぼんで消え入るばかりだ
2291:朝咲き夕は消ぬる月草の消ぬべき恋も我れはするかも
→朝に咲いて、夕方にはしぼんでしまう月草のような消え入りそうな恋を、私はするのでしょうか
2756:月草の借れる命にある人をいかに知りてか後も逢はむと言ふ
→月草のように、この世のはかない命の私たちなのに、どうして後で逢いましょうなんて言うのですか。
3058:うちひさす宮にはあれど月草のうつろふ心我が思はなくに
→宮仕えしているので、逢えないときもありますが私は色の褪めやすい月草みたいに移り気な心は持っておりません
3059:百に千に人は言ふとも月草のうつろふ心我れ持ためやも
→なんだかんだと人は噂をしますが、月草のような移ろい易い気持ちは、私にはありません。参考:たのしい万葉集: 月草(つきくさ)を詠んだ歌
【参考文献】『色彩から歴史を読む』