中国では古くから松は風雪に耐え、極寒にも常緑を保つ節操高いものとされてきました。
また、神仙思想(不老不死の神仙となって神仙の住まう理想世界に住むことを希求する思想)と結合し、延年長寿の印とされてきました。
これが日本に導入され、松は儒教的な倫理と吉祥の象徴とされていました。
目次
デザインにおける松文(まつもん)

型染めされた木綿の藍染布,松文(松模様)布
日本において、松は非常に多くのデザインに用いられてきたテーマの一つで、「松文」として表現されてきました。
松竹梅や鶴亀、菊、水仙、牡丹などさまざまな組み合わせがあります。
飛鳥時代や奈良時代の染色文様には、中国の影響がそのままの様式で取り入れられていたため、山水や蓬莱山文(中国の伝説にある蓬莱山の風景を文様化したもの)の中に描かれたりします。
平安時代入ると、さまざまな分野で中国の文化の採り入れがひとまず落ち着き、模倣の範疇を超え、平安時代後期ごろには独自に発達した松文のデザインが生まれていきます。
松文の種類は非常に多く、松毬や松皮菱、松葉、老松や若松などがあります。
松毬文(まつかさもん)
松毬文は、松笠(松ぼっくり)を模様化したものです。
松葉に添えたり、吹き寄せ文の一つに用いられることが多くあります。
名物裂の「花葉松毬唐草文様緞子(笹蔓緞子)」には、松毬が写実的に描かれています。
松皮菱文(まつかわびしもん)

松皮菱文(まつかわびしもん)
松皮菱文は、菱形の上下に小さな菱を重ねた輪郭の文様で、形が松の木の表皮に似ていることからこの名前があります。
幾何学的な模様で、連続模様として扱われることも多くあります。
平安時代末期から鎌倉時代には多く使われていたことが絵巻物から読み取れ、安土桃山時代の辻が花染にも用いられています。
松葉文(まつばもん)

道具彫りされた伊勢型紙で染められた小松葉文(こまつばもん)
松葉文は、細くて繊細な松葉を文様化したものです。
江戸時代には細かい松葉の模様を散らした「松葉小紋」が徳川綱吉(1646年〜1709年)の定め小紋(留柄)となっていました。
徳川綱吉所用と伝わる「長裃 鶸色麻地松葉小紋 三つ葉葵紋付」には、細かな松葉が型染めで表現されています。
老松文(おいまつもん)

老松文(おいまつもん),「糸入れ」された伊勢型紙
老松文は、松模様(文様)の一つです。
能舞台の鏡板に描かれている老松の図は、典型的な老松文です。

老松(おいまつ)横浜能楽堂 舞台正面,yoshi_ban, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons,Link
「教訓抄」という鎌倉時代に記された日本国最古の舞楽書によると、松はとくに芸能の神様の依代(神霊が依り憑く対象物のこと)であり、能舞台の鏡板に描かれている松の絵のルーツは、奈良の春日大社の「影向の松(よごうのまつ)」に由来しているとされます。
松は古くから、神様が天上界から地上界に降りてくることを「待つ」神聖でめでたい木とされてきました。
室町時代初期の猿楽師であった世阿弥は、父の観阿弥とともに猿楽(能楽のかつての呼び名)を発展させ、今日にまで続く能楽の基礎を作りました。
世阿弥が作る演目のほとんどは、とてもこの世のものとは思えない物語であったため、神霊に降りてきてもらわないことには話が始まらず、神が地上界に降りてくる足がかりとしての老松が必要だったのです。
そのため、老松文は、能装束などの染織品にも用いられてきました。
例えば、林原美術館に所蔵されている江戸時代に作られた能装束の「青海波老松文金襴袷狩衣」には、青海波模様とともに老松が描かれています。
若松文(わかまつもん)
若松は年の始めを祝う、吉祥の意味を持ちます。
豊臣秀吉が所用したと伝えられる「白地若松模様辻が花染胴服」には、墨で若松文が描かれています。