染色・草木染めにおける灰汁(あく)の効用と作り方。木灰から生まれる灰汁の成分は何か?


木材やわらの灰に水や熱湯を加えてかき混ぜ、一晩経つと灰が沈殿ちんでんしますが、その上澄うわずみ液が灰汁あくと呼ばれるアルカリ性の液体になります。

灰汁あくは、非常に古くから染色の分野で活用されてきました。

染め以外の分野でも、古くは世界中で洗濯用の「洗剤」として広く使われていたり、日本ではお酒に混ぜてアルカリ性にすることで防腐ぼうふや色つけ効果を求めたり、灰汁あくをつくった後に残った灰は焼き物の製造などに活用されてきました。

普通に生活していても、灰汁あくというものにふれる機会はありませんが、現代においても灰汁あくが活用されている分野があるのです。

染色・草木染めにおける灰汁(あく)の効用

木を燃やして作った木灰は、「もくばい」や「きばい」と読み、日本では、染料の色を調整するために、木灰もくばいそのものや灰汁あくが使用されてきました。

小泉武夫(著)『灰と日本人』には、以下のような記述があります。

染料の調整に木灰もくばいを使用する目的は、植物色素を木灰が有効に抽出しうること、木灰またはその灰汁中のアルミナ(酸化アルミニウム Al2O3)やケイ酸などが、色素成分と化学結合することにより、色彩を鮮明にし、これを固定して安定化がはかられること、灰や灰汁の種類や使用量などを変えることにより、系列色を数色多彩にあやつれることなどであります。

いずれにせよ、昔の植物染料に代わって合成染料が使用される今日でも、助剤じょざいとして灰汁を使用する場面も数多くみられます。小泉武夫(著)『灰と日本人』

灰汁の濃さや種類を変化させることによって、色を調節できるのは非常におもしろい点です。

その例として、紫草むらさきひさかきが、小泉武夫(著)『灰と日本人』には挙がっています。

紫草で紫色を染めるのに灰汁の増減は、紫の持つ赤みや青みを加減することができますし、椿つばき科の植物で紫色の小さな五弁の花を咲かせ、実は秋に黒紫色に熟するひさかきという植物は、灰を用いて灰汁紫としますと、紫系統の色を多彩にあやつることができ、その椿灰汁は美しい八丈縞はちじょうじまを染めあげることができます。小泉武夫(著)『灰と日本人』

染色においては、灰汁は上記のように発色のための助剤じょざいのみならず、綿や麻などの繊維を白く漂白ひょうはく精錬せいれんし、染め付けやすくする効果がある点も目を見張るものがあります。

宮城県栗駒くりこま地方では、「はいじめ」と呼ばれた染色用の木灰を作る専門職があったように、古くから染色において灰汁が重要とされていたのです。

京都でも各家庭で使用する炭や練炭れんたんなどからできる灰を集めて、その灰を精製したものを売る灰屋はいやの仕事がありました。

灰には上灰じょうばい下灰げばいがあり、上灰は木灰で、下灰は練炭灰れんたんばいのことを指し、それぞれ用途も値段も違いました。

京都で唯一、昭和の終わり頃まで灰屋を営んでいた「田中慶蔵商店」において、商売をやめる頃の灰の用途は、「鳴門なるとの灰わかめ」が主で、灰をまぶすときれいな緑色のわかめができたようです。

灰汁を使用した晒し(さらし)の技術

小泉武夫(著)『灰と日本人』においては、灰汁を利用したさらし(漂白)の技術について以下のような記述があります。

染色される絹や木綿などをあらかじめ灰汁に浸したあとで染色いたしますと、浸さぬものに比べますと、比較にならないほど鮮明な色彩が得られるといわれます。

これはおそらく、木灰が繊維の周辺の色素や窒素化合物、樹脂、フェノール類、ヘミセルロースなどといった着色阻害物質を、やわらかく溶出除去するための一種の漂白作用であり、これによりまして純粋な白い布をつくることは、その後の染色効果をいっそう鮮やかに演出することにつながるからでありましょう小泉武夫(著)『灰と日本人』

水洗いだけでは落ちづらい不溶性の物質を、灰汁のアルカリによって可溶性にすることで繊維を精錬するのです。

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灰汁の作り方

藍建て用に灰汁を作る(とる)場合、ならかしなどの広葉樹を燃やして白灰になった木灰もくばい(きばい)を使用します。

関連記事:染色・草木染めに使用する木灰(もくばい・きばい)

分量の目安の一例としては、木灰が三(約54リットル)(一斗=約18.039リットル)に対して、熱湯(ぬるま湯)を一こく(一斗の10倍=約180リットル)使用します。

例えば、木灰を60kg使用する場合は、熱湯(ぬるま湯)を200リットルほど使用します。

灰汁作りの工程

木灰を大きいおけやバケツにあけて、そこに熱湯をかけます。

熱湯と灰をシャベルや棒などでしっかりと混ぜ合わせ、燃え切っていない灰のカスや黒く浮いてくるアクは、きれいにすくいとって捨てます。

一晩放置すれば、灰が沈澱するため、できた上澄液うわずみえきを一番灰汁として使用します。

灰の質によって変動はありますが、再度熱湯を入れて混ぜることで二番灰汁、三番灰汁と取れます。

いい灰であれば、四番灰汁も取れますが、次第に灰汁を取るごとにアルカリ度が低下するため、phを計測して使用できるか判断するのが良いでしょう。

かしの場合であれば、一番灰汁でph12〜ph13ほどと、非常にアルカリが強いため、藍建てする際の最初の仕込みの段階では一番灰汁を使用せず、二番灰汁以降の灰汁を基本的に使用します。

絹糸の精錬に使用する藁灰(わらばい)の灰汁

絹糸の精錬せいれんり)には、かしのような広葉樹こうようじゅの灰汁ではアルカリが高すぎるので、古くからわら灰からとった灰汁が使用されていました。

わら灰で精錬せいれんした絹糸は、藍の染まり具合が良いとも言われます。

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わら灰の作り方の一例としては、金属製のかまわらを入れて、燃え出したら次から次へと投入しながら勢いよく燃やし、炎が弱まり若干火が残っているような段階で水をかけて冷まします。

冷ますタイミングでは、わらがすでに燃えて黒くなっている状態です。

その後、わらの黒い灰が浸かるほどに熱湯を注ぎ込み、しっかりと混ぜた後に灰が沈澱した上澄液の灰汁を使用します。

藍建て用の灰汁と同様に、灰のカスや黒く浮いてくるアクはしっかりとすくって捨てておきます。

精錬自体は、わら灰の灰汁を沸騰させて絹糸を1時間半から2時間煮た後、火を止めて2〜3時間放置します。

木灰から生まれる灰汁の成分は何か?

灰汁は英語で「Lye」ですが、これは”アルカリ性のもの”という意味です。

灰汁は灰の中の水溶性物質を、水を加えることで溶け出させたものですが、その成分は原料の木の種類やわらによって大きく違ってきます。

わら灰はphが低く、ゆっくりと成長していく広葉樹の木々などはphが高いのが特徴的です。

『月刊染織α1985年10月No.55号特集ウールの染め方/毛糸の紡ぎ方』には、実際の灰汁における組成の例が掲載されています。

①藁(わら)の灰汁

  1. アルカリ成分・・・ 酸化カリウム(K2O)23.05%、酸化ナトリウム(Na2O)11.72%、酸化カルシウム(CaO)0.33%
  2. 金属成分・・・酸化マグネシウム(MgO)0.12%、酸化マンガン(MnO)0.30%、酸化鉄(Fe2O3)0.04%、酸化アルミニウム(AI2O3)0.36%
  3. アニオン成分・・・ 硫酸塩(硫酸イオン) (SO24-)0.01%、五酸化リン(P2O5)0.27%、二酸化ケイ素(SiO2)40.24%

②椿(つばき)の灰汁

  1. アルカリ成分・・・ 酸化カリウム(K2O)19.85%、酸化ナトリウム(Na2O)10.13%、酸化カルシウム(CaO)0.48%
  2. 金属成分・・・酸化マグネシウム(MgO)0.22%、酸化マンガン(MnO)0.34%、酸化鉄(Fe2O3)0.17%、酸化アルミニウム(AI2O3)0.84%
  3. アニオン成分・・・ 硫酸塩(硫酸イオン)(SO24-)0.27%、五酸化リン(P2O5)3.30%、二酸化ケイ素(SiO2)10.38%

上記の成分一覧を見てわかるように、灰汁はアルカリ剤としてだけではなく、媒染剤として使う場合には、わずかに含まれているアルミニウムイオンや金属(鉄)イオンが作用していることになります。

灰汁の種類によって媒染した染め上がりの色が異なってくるのは、わら灰の灰汁と椿つばき灰の灰汁を比較してもわかるように、アルミニウムイオンや金属(鉄)イオンの含まれる量が違っているという点にあります。

藍の色を支配するのは灰汁である

藍の液の表面にあらわれる華(はな)。藍染に不可欠な灰汁

藍の液の表面にあらわれる華(はな)。藍染に不可欠な灰汁

すくも藍玉あいだま)と呼ばれる藍の葉を乾燥させたものを発酵させてできた藍染の原料に使い、薬品を一切使用しない昔ながらの藍染にとって、灰汁は必要不可欠です。

なぜなら、アルカリ性の液体の中で微生物(菌)が発酵することで、藍の色素が液中に溶け出し、染色ができるからです。

江戸時代の書物『日本居家抄用、巻八』には、灰汁について次のような記述があるようです。

藍の色を支配するのは灰汁である。カシワ、ハハソ(ははそ:クヌギ、ナラの古名)などの生枝から作った灰(辛灰カラハイ)に蜆殻しじみの灰を少し加えた灰汁を用いなければ良い染め上がりの色が得られない。

また、麻を洗うには綿実の灰汁が良く、絹を洗うには早稲藁わせわらの灰汁が適している。紫染めやあかね染めにはヒサカキの灰汁を少し加えると変色しないなど…参照:『月刊染織α1985年10月No.55号 特集ウールの染め方/毛糸の紡ぎ方』

上記の文章が江戸時代に書かれたというので、昔の人々の経験から生まれた知識や知恵に驚くばかりです。

ちなみ昔は藍染の原料であるすくも作りの最終段階で、灰汁を打つことがあったそうです。

藍染の原料である蒅(すくも)

藍染の原料である蒅(すくも)

上田利夫(著)『阿波藍民俗史』には、こんな記述があります。

藍の水も終わって出荷前になると「あく打ち」をする。わが家の秘法かも知れない。一床三百貫、床に石油缶三、四缶のあく汁を打つ。あく汁は草木灰を水で溶かして煮つめたもので、あく屋から購入する。

量が多過ぎると上蒅でも赤味になるので量に充分注意しなければならない。手板すると粘りがあっていかにも上物らしく見える。上物はあまりあくを打たないが中物以下になるとあく打ちをする。

時によっては紺屋こうやの注文ですることもある。あく打ちしたすくもは藍建てが早いうえに充分発酵される利点があるので、藍商と紺屋こうやの話し合いでするのである。上田利夫(著)『阿波藍民俗史

灰汁打ちをした理由としては、酸化アルミニウムやケイ酸などが、色素成分と化学結合することにより、色彩を鮮明にしたと上記で書いたように、すくも自体の色の照りなどの見栄えが良くなるという点はあったでしょう。※ケイ酸は二酸化ケイ素(SiO2)に水(H2O)を加えたものです。

藍建てが早いとありますが、灰汁を打つことですくもそのものをアルカリ性の状態に近づけることによって、藍建ても早くなるのではないでしょうか。

現代における木灰の調達

古くは、電気やガスの通ってなかった時代には、釜戸かまど囲炉裏いろりがそれぞれの家にあり、木を燃やした灰というのは、日常的に生まれる状況でしたが、現代はなかなか灰を調達するのが難しい状況です。

まきを燃料とするストーブや暖房器具を使用している家や、飲食店でまきを燃料に使用する環境がある場面などでは灰が出る環境があるでしょう。

ただ、いわゆる「良質な灰」が取れるかどうかは、使用しているまきの種類や燃やす環境に左右されます。

天然の藍染に使用するために別分野の生産活動によって生み出された木灰が活用された事例の一つとしては、静岡県沼津市で生産されてきたサバやイワシから作るだしの素である「雑節ざつぶし」を生産する時にできる木灰の活用が挙げられます。

灰と灰汁の世界は奥深い

昔の人々の生活に、欠かすことができなかった灰と灰汁。

調べて見ると、非常に奥が深いことがわかります。実は、現代の食にも通じることがあり、伝統的な沖縄そばは、灰汁を使っているようです。

伝統的な沖縄そばは、小麦粉にアルカリ剤として木灰汁(モクアク)と塩を加えることにより作られる。麺の特性に影響を与えるのはカリウムイオン、硫酸イオンおよび鉄イオンであることが明らかとなった。また、カリウムイオンは麺の色の調整、硫酸イオンは旨味や口当たりの向上、鉄イオンはコシと複雑な味の付与といった効果があることがわかった。参照:『木灰汁(モクアク)麺の特性に影響を及ぼす木灰汁成分の検討』

衣食住に灰が使われてきたという、先人たちの知恵にただただ驚くばかりです。

【参考文献】

  1. 小泉武夫(著)『灰と日本人
  2. 『月刊染織α1985年10月No.55』
  3. 上田利夫(著)『阿波藍民俗史』

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