染色・草木染めにおける櫟(クヌギ)。薬用効果や橡色(つるばみいろ)の歴史について


クヌギ(学名Quercus acutissima CARRUTH. )は、ブナ科の落葉広葉樹です。

属名のQuercusは、ケルト語のguer(良質の)とcuez(材木)に由来するもので、acutissimaの種名は、「最も鋭い」という意味で、葉っぱの鋸葉のこぎりばの様を表しています。

成長すると樹高は15〜20メートルほどになり、日本では本州の岩手、秋田県以南、本州、四国、九州の各地に広く分布しています。

Quercus acutissima BW-5424050

クヌギ,Franklin Bonner, USFS (ret.), Bugwood.org, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons,Link

関東地方ではコナラやアカシデ、ナラなど雑木林を構成する代表的な種類としても知られ、いわゆる里山を構成しているの代表的な樹木の一つであり、広葉樹の植樹の際に選ばれることも多いです。

クヌギは、まきや炭など燃料として使用する木材である薪炭しんたんとして日本各地で、人工的に植えられました。

海外では、中国からヒマラヤ地方まで幅広く分布しています。

クヌギの特徴

クヌギは、雌雄同株しゆうどうしゅの植物で、5月ごろに生えた新しい枝の下部に雄花が黄褐色のヒモ状に垂れ下がり、新しい枝の上部にある葉のつけ根部分に、2~3個の雌花からなる小さい雌花穂しかすいがつきます。

受粉した後、果実は翌年の秋に熟し、直径2センチぐらいのいわゆるどんぐり(堅果けんか)と呼ばれるものの一つになります。

クヌギは、古名でつるばみといいどんぐりの呼称として用いられていました。

どんぐりは、デンプンを多く含み、昔は救荒食物きゅうこうしょくもつとして、飢餓きがに備えて備蓄、利用された食物でした。

十分に水に浸け込み、タンニンによる渋味を抜いて、乾燥させてから蓄えて、用に応じて砕いた粉末を水でこね、もちにされました。

クヌギの木材は、やや粗めで割れたり裂けたりするので、建築や器具材には向いてませんが、まきとしては最良で、火持ちが良く、割りやすい利点もあります。

薬用としてのクヌギ

クヌギの樹皮は、土骨皮クヌギと称して、まれに民間で収斂薬しゅうれんやくとして、下痢や出血に内服されたことがあったようです。

タンニンによる収斂性しゅうれんせいが利用されているもので、かしわなどの同属植物の樹皮と同様の効果が期待されていました。

収斂作用は、タンパク質を変性させる(凝固)ことにより組織や血管を縮める作用で、皮膚や粘膜ねんまくの局所に作用し、被膜をつくって保護するほか、血管を収縮して止血したり、下痢を阻止する効果があります。

染色・草木染めにおけるクヌギ

中国の薬物についての知識をまとめた古い本草書ほんぞうしょには、いわゆるどんぐり下部に帽子のようにくっついている部分(殻斗かくと)や果実は薬用や黒染めに使用することが書かれています。

Quercus acutissima - Osaka Museum of Natural History - DSC07722

どんぐり,Daderot, CC0, via Wikimedia Commons,Link

上村六郎著『民族と染色文化』や『日本上代染色考』によると、藍や茜などの浸けて染める浸染しんぜんが日本に伝わってきた頃に、クヌギの堅果けんか(どんぐり)を燃やした黒灰を使った染めも伝えられたと言います。

どんぐりを煮つめた煎液せんえきは、そのままで黄褐色に染まり、灰汁媒染でさらに濃い黄褐色の橡色つるばみいろなります。

鉄媒染で、紺黒色の鈍色にびいろ、鉄媒染と灰汁媒染の併用によって黒色や涅色くりいろ柴色ふしいろに染まります。

クヌギの樹皮やどんぐり(殻斗かくと)、葉っぱの煎液せんえきでも同様で、黄色い色素としてタマネギやソバをはじめさまざま植物に含まれているクエルセチン(ケルセチン)という成分をもち、また多量のタンニンも含んでいます。

染色方法の一例

クヌギナラカシなどの堅果けんか(どんぐり)2kgを15リットルの水に入れて熱し、沸騰してから20分ほど煮つめて、煎汁せんじゅうをとります。

煎汁せんじゅうしてから染液とし、液が熱いうちに前もって水に浸透させておいた絹糸1kgを浸します。

染液が冷えるまで糸を浸した後、しっかりと絞ってから天日干しをします。

糸が乾いたら、再び染液を熱して、染めを同じように繰り返して色を濃く染めていきます。

染め終わったら木灰の灰汁あくにつけて媒染ばいせんし、色を定着させていきます。

関連記事:草木染め・染色における灰汁の効用と作り方。木灰から生まれる灰汁の成分は何か?

ムラにならないように糸を動かしながら灰汁に浸し、その後に水洗いをして乾燥させます。

橡色(つるばみいろ)の歴史

橡色つるばみいろを染めたつるばみは、クヌギ堅果けんか(どんぐり)だけでなく、樹皮や枝葉などのすべてを用いたとも考えられます。

また、必ずしもクヌギだけでなく、ナラカシの果実のほか、数々の雑木の樹皮や葉っぱなどで染めた茶色をまとめて橡色つるばみいろと称していたのだと考えられています。

橡染つるばみぞめされた和紙は、正倉院文書にも記載されていますが、『大宝衣服令たいほうえぶくりょう(701年)』によると万葉の時代(629年から759年ごろ)には、奴婢ぬひ(召使いの男女)や家人けにん(私有民であるが奴婢ぬひよりは身分が上で、家族と生活することが許された)、一般庶民の着る衣の色が橡色つるばみいろでした。

江戸時代はじめまでは、国民の大多数にとっての衣類繊維は、こうぞや麻に代表される樹皮や草の葉や茎であったため、その生成りの色が、橡色つるばみいろということもあったでしょう。

橡色つるばみいろは、平安中期ごろからくらいが4位以上の人が着用するほうの色となり、源氏物語のころから黒染めは喪服の色とされています。

ほうとは、日本において有位の官人が朝廷に出仕するときに着用した衣服(朝服ちょうふく)の上衣のひとつです。

【参考文献】『月刊染織α 1981年12月No.9』


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