櫟(学名Quercus acutissima CARRUTH. )は、ブナ科の落葉広葉樹です。
属名のQuercusは、ケルト語のguer(良質の)とcuez(材木)に由来するもので、acutissimaの種名は、「最も鋭い」という意味で、葉っぱの鋸葉の様を表しています。
成長すると樹高は15〜20メートルほどになり、日本では本州の岩手、秋田県以南、本州、四国、九州の各地に広く分布しています。
関東地方ではコナラやアカシデ、ナラなど雑木林を構成する代表的な種類としても知られ、いわゆる里山を構成しているの代表的な樹木の一つであり、広葉樹の植樹の際に選ばれることも多いです。
櫟は、薪や炭など燃料として使用する木材である薪炭として日本各地で、人工的に植えられました。
海外では、中国からヒマラヤ地方まで幅広く分布しています。
目次
クヌギの特徴
櫟は、雌雄同株の植物で、5月ごろに生えた新しい枝の下部に雄花が黄褐色のヒモ状に垂れ下がり、新しい枝の上部にある葉のつけ根部分に、2~3個の雌花からなる小さい雌花穂がつきます。
受粉した後、果実は翌年の秋に熟し、直径2センチぐらいのいわゆるどんぐり(堅果)と呼ばれるものの一つになります。
櫟は、古名で橡といいどんぐりの呼称として用いられていました。
どんぐりは、デンプンを多く含み、昔は救荒食物として、飢餓に備えて備蓄、利用された食物でした。
十分に水に浸け込み、タンニンによる渋味を抜いて、乾燥させてから蓄えて、用に応じて砕いた粉末を水でこね、餅にされました。
櫟の木材は、やや粗めで割れたり裂けたりするので、建築や器具材には向いてませんが、薪としては最良で、火持ちが良く、割りやすい利点もあります。
薬用としてのクヌギ
櫟の樹皮は、土骨皮と称して、まれに民間で収斂薬として、下痢や出血に内服されたことがあったようです。
タンニンによる収斂性が利用されているもので、槲などの同属植物の樹皮と同様の効果が期待されていました。
収斂作用は、タンパク質を変性させる(凝固)ことにより組織や血管を縮める作用で、皮膚や粘膜の局所に作用し、被膜をつくって保護するほか、血管を収縮して止血したり、下痢を阻止する効果があります。
染色・草木染めにおける櫟(クヌギ)
中国の薬物についての知識をまとめた古い本草書には、いわゆるどんぐり下部に帽子のようにくっついている部分(殻斗)や果実は薬用や黒染めに使用することが書かれています。
上村六郎著『民族と染色文化』や『日本上代染色考』によると、藍や茜などの浸けて染める浸染が日本に伝わってきた頃に、クヌギの堅果(どんぐり)を燃やした黒灰を使った染めも伝えられたと言います。
どんぐりを煮つめた煎液は、そのままで黄褐色に染まり、灰汁媒染でさらに濃い黄褐色の橡色なります。
鉄媒染で、紺黒色の鈍色、鉄媒染と灰汁媒染の併用によって黒色や涅色、柴色に染まります。
櫟の樹皮やどんぐり(殻斗)、葉っぱの煎液でも同様で、黄色い色素としてタマネギやソバをはじめさまざま植物に含まれているクエルセチン(ケルセチン)という成分をもち、また多量のタンニンも含んでいます。
染色方法の一例
櫟や楢、樫などの堅果(どんぐり)2kgを15リットルの水に入れて熱し、沸騰してから20分ほど煮つめて、煎汁をとります。
煎汁は濾してから染液とし、液が熱いうちに前もって水に浸透させておいた絹糸1kgを浸します。
染液が冷えるまで糸を浸した後、しっかりと絞ってから天日干しをします。
糸が乾いたら、再び染液を熱して、染めを同じように繰り返して色を濃く染めていきます。
染め終わったら木灰の灰汁につけて媒染し、色を定着させていきます。
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ムラにならないように糸を動かしながら灰汁に浸し、その後に水洗いをして乾燥させます。
橡色(つるばみいろ)の歴史
橡色を染めた橡は、櫟の堅果(どんぐり)だけでなく、樹皮や枝葉などのすべてを用いたとも考えられます。
また、必ずしも櫟だけでなく、楢や樫の果実のほか、数々の雑木の樹皮や葉っぱなどで染めた茶色をまとめて橡色と称していたのだと考えられています。
橡染された和紙は、「正倉院文書」にも記載されていますが、『大宝衣服令(701年)』によると万葉の時代(629年から759年ごろ)には、奴婢(召使いの男女)や家人(私有民であるが奴婢よりは身分が上で、家族と生活することが許された)、一般庶民の着る衣の色が橡色でした。
江戸時代はじめまでは、国民の大多数にとっての衣類繊維は、楮や麻に代表される樹皮や草の葉や茎であったため、その生成りの色が、橡色ということもあったでしょう。
橡色は、平安中期ごろから位が4位以上の人が着用する袍の色となり、源氏物語のころから黒染めは喪服の色とされています。
袍とは、日本において有位の官人が朝廷に出仕するときに着用した衣服(朝服)の上衣のひとつです。
【参考文献】『月刊染織α 1981年12月No.9』