江戸時代(1603年〜1868年)に入ると、染織技術の向上によって、日本各地で特色のある織物や染め物が生産されるようになりました。
1638年に松江重頼によって出版された『毛吹草』や1692年に艸田寸木子によって出版された『女重宝記』には、多くの織物や染め物が記載されています。
目次
『毛吹草』から見る日本の織物、染め物
松江重頼(1602年〜1680年)によって1638年に出版された俳句に関する書物である『毛吹草』には、日本各地で生産されていた織物や染物が記載されています。
下記一覧は、髙田倭男(著)『服装の歴史』を参照しています。
山城(やましろ)畿内(きない)
山城は現在の京都府南部の地域、畿内は、山城、大和、河内、和泉、摂津の5カ国のことを指し、現在の大阪・奈良・京都の一部にあたります。
・縫箔・・・能装束の一種で、色とりどりの刺繍や金・銀で文様を表した小袖 関連記事:能装束の種類や特徴、意味について。
・縊物・・・絞り染めのこと
・結鹿子・・・布を糸でかたく結んでから染色し、鹿子模様を染め出したもの
・紺染・・・紺色に染めること
・梅染・・・梅の樹皮や根を煮出して染液を使った染物
・茶染・・・茶色系統の染めの総称。江戸時代、京都では茶染め専門の仕事をする人を茶染師呼んだ
・藍染
・紗羅染・・・更紗のこと
・揉紅梅・・・臙脂で絹布を染めたもので、色は黒みを帯びた深い紅色
・蘇芳染・・・蘇芳の木を煮出して染液を使った染物
・厚板物・・・中国から舶載された織物類は、主として板に巻きつけてあった。そこから錦など重厚な織物は厚い板を芯にするところから厚板物と呼ばれた
・金襴・・・斜文、琥珀、繻子、紗などの地組織に、金箔または金糸などで紋様を織り出した豪華な織物
・唐織・・・金、銀の色糸を交えて草花や紋様を織り出した豪華な織物
・紋紗・・・紗の織物に文様を織り込んだもの
・戻・・・紗の一種で、絹糸のもあるが多くは麻糸で織った目の粗い布
・絹縮・・・絹織物の一種
・木綿羽織地
・同袴地
・吉岡染・・・吉岡憲法が作った黒染め
・紫染
・羽二重・・・筬の一羽に経糸を2本通して織り上げられた絹織物
・羅板物・・・綸子などの薄い織物
・縬・・・経糸、緯糸のどちらかを縮ませ、織物の表面に作り出した細かい縮みじわを表した織物
・精好・・・精好織りの略で、縞になる部分の経糸に太めの練り糸を用い、その他の経糸、緯糸は撚りをかけないままで織った平絹
・丹後織絹紬
・組緒・・・組紐 と同じ
・茜染・・・紫草や茜の根を使って煮出して染液を使った赤い染物
大和≒奈良県全体
大和は、現在の奈良県全体を含む地域の旧名です。
・細美・・・さよみとも言われる、薄い麻の布
・曝・・・灰汁で精錬され、漂白された生地 関連記事:灰汁で布を白く精錬する(晒す)技術。奈良晒(ならざらし)の反物はどのように作られたのか?
・平布
・縮
・嶋布・・・縞柄(ストライプ)に織り込まれた布
・畝布・・・平織から変化した組織で、経糸か緯糸どちらかに2本以上の糸、あるいは太糸を用いることで表面に畝のような凹凸を表現した織物
河内≒大阪府南東部
河内は、現在の大阪府南東部地域の旧名です。
・茜・・・茜の根で染めたもの
・紫染・・・紫根で染めたもの 関連記事:紫根で染められた日本古代の色彩である紫色。深紫・深紫・中紫・紫・黒紫・深滅紫・中滅紫について。
・木綿
和泉≒大阪府南西部
和泉は、現在の大阪府南西部地域の旧名です。
・堺織
・紗綾・・・糸使いは、綸子ととほとんど同じような形で、菱垣、稲妻、卍つなぎの模様を織り出した飛紗綾と、模様のない滑紗綾がある
摂津≒大阪府北中部と兵庫県南東部
摂津は、現在の大阪府北中部の大半と兵庫県南東部にあたる地域の旧名です。
・川崎嶋木綿
・フケ嶋
・福島細木綿
・古妻木綿・・・絹に似て光沢があったとされる木綿生地
伊勢≒三重県東部
伊勢は、現在の三重県の東部にあたる地域の旧国名です。
・紬
・木綿
遠江≒静岡県西部
遠江は、現在の静岡県西部地域の旧国名です。
・掛川葛布・・・葛布は、山野に自生する葛の繊維を織り上げた布のこと
甲斐≒山梨県
甲斐は、現在の山梨県の旧国名です。
・郡内紬・・・山梨県の南都留郡、北都留郡地方で産出した紬で、光沢が優れた平絹を郡内甲斐絹または、甲斐絹と呼んで有名であった
・柳下木綿
・菱紬・・・紬の一種で菱形の模様を織ったもの
伊豆≒静岡県伊豆半島と伊豆諸島
伊豆は、現在の静岡県の伊豆半島と、東京都の伊豆諸島の旧国名です。
八丈紬・・・八丈島で織られた絹織物で、経糸に生糸を、緯に紬糸をいれたもの
武蔵≒東京、埼玉、神奈川県川崎市や横浜市の大部分
武蔵は、現在の東京や埼玉、神奈川県川崎市や横浜市の大部分を含む一都二県にわたる広大な地域の旧国名です。
・滝山横山紬嶋・・・現在の八王子にあたる地域で、平安時代末頃から絹が織られ、特産品となっていた
・浅草紬・・・経糸にくずの生糸、緯糸に綿糸を使って織った紬織りの縞物
・岩築木綿嶋・・・現在の埼玉県大宮あたりの岩槻で、特産品として織られた綿織物
下総≒千葉県北部と茨城県西部
下総は、現在の千葉県北部と茨城県西部を主とした地域の旧国名です。
・結城紬・・・経糸と緯糸が、共に真綿から手つむぎした糸を使用することで、日本全国に数ある紬の中でも最高級の絹織物として、古くから知られている
・中山紬嶋
近江≒滋賀県
近江は、現在の滋賀県にあたる地域の旧国名です。
・細美衣地・・・「細美」とは、細い麻糸で粗めに織った麻布で細布とも書く
・高宮布・・・近江産の麻織物は、高宮布あるいは高宮細美という名で有名で、近江商人によって全国に広められた
・野洲晒・・・滋賀県野洲市から産出する上質の麻のさらし布
美濃≒岐阜県南部
美濃は、現在の岐阜県南部地域の旧国名です。
・絹
・雄嶋布
信濃≒長野県
信濃は、現在の長野県地域の旧国名です。
・木曽麻布
上野≒群馬県
上野は、現在の群馬県にあたる地域の旧国名です。
・日野絹・・・藤岡市日野地区で生産された良質な薄地の絹織物
・新田山絹・・・仁田山織の絹織物で、太織絹の一種
・佐野白苧布・・・白苧は、漂白した麻布やカラムシの茎の皮からとった白い糸のこと
下野≒栃木県
下野は、現在の栃木県にあたる地域の旧国名です。
・絹
陸奥≒福島、宮城、岩手、青森と秋田県一部地域
陸奥は、現在の福島、宮城、岩手、青森の各県と秋田県の一部にあたる地域の旧国名です。
・仙台紬
・紙布・・・布を織る際の繊維に、紙の繊維三椏、楮、雁皮などの繊維を使い、紙糸を経糸、緯糸の両方に使用した物を紙布と言い、経糸に絹・綿・麻糸を使い、緯糸に紙糸を使用した物を絹紙布・綿紙布・麻紙布と言う
・縮布
・伊北布・・・福島県会津地方では麻の着物は日常的に使われ、伊北麻など、1945年頃まで麻や麻布の生産は主要な生業の一つであった
・信夫摺・・・摺り染めの一種で、忍草の葉を布に摺りつけて染めたもの
越前≒福井県北部
越前は、現在の福井県北部にあたる地域の旧国名です。
・牛頸布・・・生産地である石川県白山市・白峰の旧地名(牛首村)に名前の由来があり、現在で言う牛首紬のこと※石川県白山市のうち旧白峰村の全域はもともと、越前の国
・割織布
・嶋布
・苧屑頭巾・・・カラムシの茎を編んで作った頭巾のこと
・絹
加賀≒石川県南部
加賀は、現在の石川県南部にあたる地域の旧国名です。
・黒梅染・・・加賀の国独特の染め技法であった無地染で、梅の木の樹皮や根を煎じた染め物
越中≒富山県
越中は、現在の富山県にあたる地域の旧国名です。
・八講布・・・越中で主に産出した麻織物
越後≒新潟県佐渡市を除いた全域
越後は、現在の新潟県佐渡市を除いた全域にあたる地域の旧国名です。
・松山白布・・・大麻ではなく、苧麻を使用した平織の麻織物は白布とも呼ばれ、現在では新潟県南魚沼市、小千谷市を中心に生産される越後上布は、日本を代表する高級品の織物であった
丹羽≒京都府中部、兵庫県東部
丹羽は、現在の京都府中部、兵庫県東部にあたる地域の旧国名です。
・太布・・・は、綿花以外の植物繊維で織られた布全般を指しますが、主に楮や科木などの樹皮を糸として織った平織りにした厚地の布で、農山村の衣料としても使用されていた
丹後≒京都府北部
丹後は、現在の現在の京都府北部地域にあたるの旧国名です。
・紬
但馬≒兵庫県北部
但馬は、現在の兵庫県北部にあたる地域の旧国名です。
・出石絹・・・出石は兵庫県豊岡市にある地区で古くから絹織物が産出し、現在でも「但馬ちりめん」がよく知られます
出雲≒島根県東部
出雲は、現在の島根県の東部にあたる地域の旧国名です。
・紺染
播磨≒兵庫県西南部
播磨は、現在の兵庫県西南部にあたる地域の旧国名です。
・飾磨褐色染・・・藍づくりでも古く名を馳せた播磨。その飾磨地方から産出した濃い紺色で染められた布
周防≒山口県東部
周防は、現在の山口県東部にあたる地域の旧国名です。
・山口結鹿子・・・結鹿子は、布を糸でかたく結んでから染めることで、鹿子模様を染め出したもの
・紫染
伊予≒愛媛県
伊予は、現在の愛媛県にあたる地域の旧国名です。
・綾布・・・綾織された布のこと
土佐≒高知県
土佐は、現在の高知県にあたる地域の旧国名です。
・太布
筑前≒福岡県北西部
筑前は、現在の福岡県北西部にあたる地域の旧国名です。
・帯
・嶋織物
豊前≒福岡県東部と大分県北部
豊前は、現在の福岡県東部と大分県北部にあたる地域の旧国名です。
・木綿嶋
豊後≒大分県南部
豊後は、現在の大分県南部にあたる地域の旧国名です。
・黒紺布
・絞木綿
肥前≒佐賀、長崎
肥前は、佐賀県と壱岐、対馬を除く長崎県にあたる地域の旧国名です。
・長崎木綿
肥後≒熊本県
肥後は、現在の熊本県にあたる地域の旧国名です。
・高瀬絞木綿・・・高瀬絞りについての詳細な文献は残っておらず、現在では口伝による復元の段階にとどまってますが、文献にもあるように古くからこの地の絞り染めが有名だったことがわかる
薩摩≒鹿児島県全域と宮崎県南部、沖縄県
薩摩は、現在の鹿児島県全域と宮崎県南部、沖縄県の大部分にあたる地域の旧国名です。
・太布
・芭蕉布・・・多年草イトバショウの茎や葉の内側にある靭皮繊維から繊維を採取したものを使用し、沖縄県や奄美群島の地域で、芭蕉布と呼ばれる貴重な織物が織られてきた
壱岐≒長崎県壱岐島
壱岐は、現在の長崎県の壱岐島にあたる地域の旧国名です。
・綾布
上記を踏まえると、1638年に『毛吹草』が出版された時代から、さまざまな地域で染織技術が発達していたことがよくわかります。
『女重宝記』から見る日本の織物、染め物
『毛吹草』が世に出てから、約50年後の1692年に女性のための実用・教訓書として、女性の日常生活に必要な知識や作法などが記された『女重宝記』が刊行されました。
この書物の中にも、様々な織物が登場しています。
純子、繻子、紗綾、縮緬、繻珍、光無地綾、綸子、流紋、金襴、金紗、汎織浮織とも、兜羅綿、羅紗、羅背板、綾、紅紅染の平絹、緋紬、絨綌縮の薄麻布、縮、曝嶋、半晒、生平、八講、生絹、白羽二重、長羅絹、天鳶絨、縫箔、惣鹿子、絞染、絓絹、戻子 参照:『服装の歴史』
海外から渡来したものも数多くみられ、当時から染織技術が発達していたことがよくわかります。
【参考文献】『服装の歴史』