「デザイン」カテゴリーアーカイブ

家紋(かもん)の起源と歴史。武家、公家、町人にとっての家紋の役割や意味について

紋もんというと、基本的に「家紋かもん」を表し、代々その家に伝わる家の印として、家系や個人を識別し、その地位を表すために使われてきました。

紋には、正式の紋と略式の紋があり、略式の紋は正式の紋の一部であったり、全く別の簡単な図柄を使うこともあります。

紋はもともと武家の男子に用いられていましたが、江戸時代中期以降に、武家の女子にも使い始められ、彼女たちの小袖の背中と両袖に1つずつ染め抜かれるようになりました。 続きを読む →

千利休像(長谷川等伯画、春屋宗園賛、不審菴蔵、重要文化財)

侘(わび)、幽玄(ゆうげん)とは?和歌や、能、連歌における中世の美意識について

「わび茶」、「侘び寂びわびさび」などという言葉がありますが、侘わび(わび)という言葉はどのような意味なのでしょうか?

侘(わび)、幽玄(ゆうげん)とは?

芳賀幸四郎(著)『わび茶の研究』では、「侘わび」の美意識が形成された背景を、古代の歌論にさかのぼって詳しく論じています。

わび(侘)の美意識は、大きく二段階に分けて考えられ、「幽玄ゆうげん」という概念も、侘わびを理解する上では重要なキーワードとなっています。 続きを読む →

江戸時代における江戸と上方(京都・大阪)との風俗比較。いき(粋)とはんなりについて

上方かみかたという言葉は、戦国時代頃には、九州方面から京都周辺を指す言葉だったようですが、江戸時代にはもっぱら江戸に対して「文化圏としての近畿圏(京都・大阪・奈良など)」を指すものとなります。

江戸と大阪、京都は当時から他の地域に比べると発展し、人が集まっていたため「三都」とも言われ、「上方かみかた」という言葉は大阪と京都の総称となっていました。 続きを読む →

鎌倉時代の染織品について

鎌倉時代には、貨幣経済の成長とともに、染織品も商品として流通し始めます。

政治の実態が武家の手に移り、織物をつくる機業きぎょうが官営かんえいから民営へと移っていき、染織品の生産形態が次第に変化していきます。

染料の販売や染色においても、それを独占する「座」が現れ、もっとも早く独立したのは紺屋こうや・紺掻こうかきでした。 続きを読む →

デザインにおける鎌輪奴文(かまわぬもん)・鎌井枡文(かまいますもん)

鎌輪奴文かまわぬもんは、「鎌の絵」と丸い輪「○」と、「ぬ」の三文字を組み合わせた模様(文様)です。

鎌井枡文かまいますもんは、「鎌」と「井」と「三桝みます(大・中・小の三つの枡を入れ子にし、それを上から見た形を文様化したもの)」を組み合わせた模様(文様)です。

デザインにおける鎌輪奴文(かまわぬもん)・鎌井枡文(かまいますもん)

江戸時代には、「判じ物(はんじもの)」と呼ばれる文字や絵画に隠された意味を当てるなぞ解きが流行し、判じ物文様(はんじものもんよう)として生まれた模様が多くありました。

江戸時代前期に、男伊達おとこだて(男としての面目が立つように振る舞うこと)の衣服に「鎌輪奴文かまわぬもん」が用いられます。

鎌輪奴文かまわぬもんは、「鎌の絵」と丸い輪「○」と、「ぬ」の三文字で「構わぬ(かまわぬ)」と読ませるために作られた模様です。

江戸時代後期の文化文政時代(1804年〜1830年)から天保てんぽう(1831年〜1845年)にかけて活躍した江戸の歌舞伎役者である7代目市川團十郎いちかわだんじゅうろうが、文化年間(1804年〜1818年)に「鎌輪奴文かまわぬもん」を舞台で用いたことから流行します。

江戸では衣服から手拭い、瀬戸物、櫛くし、簪かんざしなどに良く描かれました。

鎌井枡文(かまいますもん)

鎌輪奴文かまわぬもんが流行したことに対抗して、市川男女蔵いちかわおめぞうが考案したのが「鎌井枡文かまいますもん」でした。

「鎌井枡文かまいますもん」は、「構います(かまいます)」と読ませるために作られた模様です。

歌舞伎で用いられる模様(文様)は、歌舞伎文様かぶきもんようとして江戸時代前期から一般の服飾(ファッション)に影響を与え、流行の発生源にもなっていました。

例えば、「斧琴菊文よきこときくもん」は、斧かま(よき)と琴ことと菊きくの花の模様を染め出して「良き事聞く」という縁起がよい意味を込めたデザインなどがあります。

斧琴菊文 (よきこときくもん)Yoki Koto Kiku inverted

斧琴菊文 (よきこときくもん)file created on Adobe Illustrator and Photoshop, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

薄水色地蟹文麻浴衣(うすみずいろあさじかにもんゆかた),蟹(カニ)のデザイン

デザインにおける蟹文(かにもん)・カニ

蟹かに(カニ)を模様化(文様化)したものを、蟹文かにもんといいます。

デザインにおける蟹文(かにもん)・カニ

蟹かには、硬い甲羅こうらで身を守って(武装して)いるため、尚武しょうぶの意味(武道や軍事を大切なものと考える)で紋章もんしょうにも用いられてきました。

安土桃山時代(1568年〜1600年)頃に作られたとされる「薄水色地蟹文麻浴衣うすみずいろあさじかにもんゆかた」は、小判形の胴に大きなハサミを開けたり閉じたりする蟹かにが散りばめるようにデザインされています。

カニの模様(文様)部分に防染糊ぼうせんのりで型置きして糊伏のりふせした後に、藍染されています。

徳川家康とくがわいえやす(1543年〜1616年)が着用していたとされる浴衣ゆかたは、三十三点(領)がまとめて現代まで遺されており、『駿府御分物すんぷおんわけもの』として伝えられました。

鍋島緞通 蟹牡丹唐草文 縁七宝繋ぎに小雷文

デザインにおける蟹牡丹文(かにぼたんもん)

蟹牡丹文かにぼたんもんは、牡丹ぼたんを表現した模様(文様)の一種で、その形が蟹(カニ)に似ているところからこの名前があります。

デザインにおける蟹牡丹文(かにぼたんもん)

牡丹ぼたんは、中国で非常に愛好されてきた花の一つで、模様(文様)としての歴史も古く、宋代そうだい(960年〜1279年)以降には写実的なデザインが好まれました。

日本においても鎌倉時代頃から蟹牡丹文かにぼたんもんが見られ、遺品としては東京国立博物館に所蔵されている、護良親王所用と伝えられる「赤地蟹牡丹模様錦」があります。

江戸時代から明治時代前期に作られたとされる木綿製の敷物である「鍋島緞通なべしまだんつう 蟹牡丹唐草文がにぼたんからくさもん 縁七宝繋ぎに小雷文ふちしっぽうつなぎにしょうらいもん」も美しい蟹牡丹文かにぼたんもんとして知られています。

谷崎潤一郎(著)『陰影礼賛』

陰影(いんえい)を活用した日本古来の美意識や美学。谷崎潤一郎(著)『陰影礼賛』

1933年に初版が発行された、谷崎潤一郎たにざきじゅんいちろう(1886年〜1965年)の名著『陰影礼賛いんえいらいさん』。

『陰影礼賛いんえいらいさん』は、私たちが当たり前に使っている電気がなかった時代における、日本の美の感覚や芸術的な感性について論じたものです。

表題が「陰影礼賛」であるように、まさに「陰影いんえい(光の当たらない部分、かげ)」を「礼賛らいさん」(すばらしいものとしてほめたたえること)している本です。

日本人の感性や美意識、そしてデザインなどに興味がある人にとっては非常に参考になる本です。


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デザインにおける瓦当文(がとうもん)

瓦当がとうは、丸瓦まるがわらの先端に葺く鐙瓦あぶみがわらにつけた模様(文様)のある円形の部分を表します。

後には、平瓦ひらがわらの先端に葺く軒瓦のきがわらにも瓦当がとうをつけました。

デザインにおける瓦当文(がとうもん)

瓦当がとうを模様化(文様化)したものを瓦当文がとうもんといいます。

円の中に巴文ともえもんや蓮華文れんげもん、宝相華文ほうそうげもん、同心円文どうしんえんもんなどがデザインされてきました。