1602年、オランダが「東インド会社」を設立し、インドネシアのジャワを拠点に、明や日本と交易を開始します。
この頃になってヨーロッパの文明が、島国の日本に影響を与えるようになるのです。
江戸時代に海外との交易拠点となっていた平戸や長崎にあったオランダ商館歴代館長が記した公務日誌『オランダ商館日記』には、数々の染織品の記載があります。 続きを読む
1602年、オランダが「東インド会社」を設立し、インドネシアのジャワを拠点に、明や日本と交易を開始します。
この頃になってヨーロッパの文明が、島国の日本に影響を与えるようになるのです。
江戸時代に海外との交易拠点となっていた平戸や長崎にあったオランダ商館歴代館長が記した公務日誌『オランダ商館日記』には、数々の染織品の記載があります。 続きを読む
分銅は天秤で物の重量を計るのに用いる銅製の重りで、形は円形の左右に丸いくびれがあります。
分銅の形のおもしろさや、軍用金がこの形に似ていたことなどから分銅文として文様化され、家紋にも用いられてきました。 続きを読む
井桁の読み方は「いげた」で、井桁模様は古くから織りや家紋などのデザインに用いられてきた非常に由緒ある文様のひとつです。 続きを読む
結城紬は、茨城県結城市周辺で織られる、日本を代表する紬織物です。
結城紬は、すべてが手仕事で行われることで、動力機械では不可能な風合いと手触りの良い風合いが生まれます。 続きを読む
コウモリ(蝙蝠)は、「蝠」の字が中国語で「biān fú」と発音し、「幸福」 の「福(fú)」と同じ発音のために、幸せを招く吉祥(めでたい兆し)の動物とされてきました。 続きを読む
雀(すずめ)は、古くから絵画や染織文様などに用いられてきました。
太った雀の子や、寒さを防ぐために全身の羽毛をふくらませてふっくらと見える雀は、「ふくら雀」としてデザインに多く用いられます。 続きを読む
雲(くも)は気象状況や季節によってその形は様々に変わりますが、雲の模様(文様)は古くから意匠(デザイン)に活用されてきました。
雲の模様(文様)は「雲文」とも呼ばれ、中国や朝鮮ではさまざまなデザインが作られてきました。
中国では、山中の巨岩から雲気が湧き出るとされたことから、「雲気文」と呼ばれました。
日本では奈良時代に中国の影響を受けて、さまざまな意匠(デザイン)において雲文が取り入れられるようになったとされます。 続きを読む
檜垣は、檜(ひのき)の薄板を網代組にした垣を意味し、檜垣文は、この網代組を文様化したものです。
網代は、草や竹、木材などを材料に縦緯、あるいは斜めに交互に編んだもので、その編まれた様子を「網代組」などと呼びます。 続きを読む
古く、機織りは各家庭でおこなわれ、もっぱら女性の仕事でした。
海外から様々な縞織物が届いたことによって、それを真似するところから始まり、徐々に日本でも独自の縞織物が生産されるようになります。
上着や一枚着として着物に縞柄が見られるようになったのは、安土桃山時代(1573年〜1603年)以降のようです。
江戸時代後期には、町人の間で特に好まれたのが縞柄の織物でした。
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