京都は歴史のある染織品の生産地であり、江戸時代からこの地で染織されるものは「京染」や「京染物」などと称されました。
京友禅や西陣織など、高度に分業化した産地であったため、加工業者と流通業者を取り持つ調整役となっていた悉皆業を営む「悉皆屋」が、さまざまな状況に対応しながら顧客の需要を満たしていました。
悉皆屋という言葉は、今では聞く機会はほとんどありませんが、江戸時代から昭和にかけて京都や江戸などの呉服屋染織業界の加工仲介業を担い、流通を支えていました。
砧打ち(きぬたうち)は、布を木槌で打って感触を柔らかくし、光沢感を出すために行われます。
布目をつぶすことで繊維が柔らかくなり、布面が滑らかになることでツヤがでます。
砧の技法は中国から伝来したとされ、古くから織り上がった絹布や麻布、木綿布の仕上げの工程で行われてきました。 続きを読む
一陳(一珍)とは、江戸時代から伝わる糊防染の一つです。
一陳糊(一珍糊)を使用した一陳染め(いっちんぞめ)は、手描き友禅に用いられる糸目糊とも、板場友禅に用いる写しの色糊とも、また長板中型や紅型、その他の型染めに用いる防染糊とも違う、特徴的な糊を使う技法です。
貞享4年(1687年)刊の『雛かた』(源氏ひながた)の下巻に、一陳(一珍)についての記載があります。
これについて、後藤捷一氏は、「一珍糊を使って模様を染めること。一珍糊とは小麦粉と消石灰の混合物を布海苔で練り合わせたもので、この糊で型付けし乾燥した後、色差しを行ない、乾燥後布の両耳を斜に引いて糊をかき落とすもので、一名掻き落し糊ともいい、水洗いが不要である」と指摘しています。 続きを読む
暖簾や旗、幕、風呂敷などに家紋や文様を染め抜く染色方法を、一般的には「印染」と呼びます。
これらの印染は、布の表面だけでなく裏面も人の目に触れるため、生地の表と裏の両方が同じように染め上げられ、防染された文様も両面ともくっきりと表現されなければなりません。
着物の染色では、主に表面が重視される一方、印染の場合は、表と裏の区別がつかないほど美しく仕上げることが求められるのです。 続きを読む
ギルド(Guild)とは、中世のヨーロッパの都市で発達した親方、職人、従弟からなる商工業者の特権的同業団体を表します。
商工業の同職仲間(同じ仕事をしている仲間)であるギルドと同じような団体は、中世のイスラム世界や中国、日本など世界中の国々においてもみられました。 続きを読む
ものづくりにおいて、仕事で使用する道具を大切にできるかどうかは作り手としては非常に大切なことです。
なぜなら、道具を大切にするという取り組みの姿勢が、結果的に成果物の出来上がりの質に影響すると考えられることが多いためです。
木版画家として知られていた立原位貫氏(1951年〜2015年)は、著書の『一刀一絵』にて、仕事道具について、以下のように語っています。
いい道具は時を繋いで、いい仕事をしてくれる。使い続けることでその命が生かされていく。『一刀一絵』
立原位貫は、江戸時代と同じ手法、絵具、紙を独学で研究し再現し、それらの道具をつかって江戸時代の浮世絵の復刻を成し遂げた木版画家であり、著書である『一刀一絵』からは、道具に徹底的にこだわる姿勢が伝わってきます。
型染めにおける地張りから糊置きまでの工程については、以下のような流れとなります。 続きを読む
板締めは、布地に両面から板を当てて、きつく両側から固定することで防染し、模様を染める技法です。
日本で古くから行われてきた染色技法を表す言葉に、絞り染めの纐纈、ろうけつ染めの臈纈、そして板締めの夾纈があります。
上記の三種類の技法は、「三纈」という言葉でまとめて表されます。 続きを読む