奈良・平安時代の中央・地方の官庁や大寺には、穀物や財物などの重要物品を納める正倉が設けられていました。
日本中、あちこちに置かれた正倉は、今日に至るまでにさまざまな理由で亡んでしまい、現在残っているのが、東大寺正倉院内の正倉一棟だけです。これがすなわち、正倉院宝庫です。
東大寺正倉院/あずきごはん/CC BY-SA 4.0/via Wikimedia Commons,Link
染色する人を染師(そめし)と呼んだりしますが、古くはただ染めるだけではなく、染めるための原料を入手するところから、「染師」の仕事がはじまっていました。 続きを読む
「草木染め」という言葉は、日本の作家で染織家の山崎斌氏(1892年〜1972年)に命名されました。
1930年(昭和5年)、化学染料が普及してきたころ、天然染料は衰退の一途をたどっていきました。
「草木染め」という言葉は、古くから伝承されてきた染色方法を復興するにあたり、化学染料と区別するために名付けられたのです。
現在、草木染めという言葉の定義は、自然から得られる染料で染色することの総称として定着しています。 続きを読む
柏(学名:Quercus dentata)は、その若葉をお餅に包んだ「かしわ餅」の名前でも知られている植物です。
漢字では、柏のほか、槲や檞の字が当てられ(以下、柏の表記に統一)、「ほそばがしわ」、「たちがしわ」、「もちがしわ」、「おおがしわ」など多くの異名があります。
種名の「dentata」は、葉っぱの形が、のこぎりの歯のようにぎざぎざした形状(歯状)なっていることを意味しています。
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平安時代に衣服を深紅色に染めることが流行した際に、「火色の禁(かしょくのきん)」と呼ばれる禁制が出されました。 続きを読む
平安時代になると、文学的で優美な色名が誕生します。
「王朝の色」とも呼ばれる重ね染めを巧みに駆使しながら生まれた優雅な色彩が、元々は大陸からきた文化の影響から離れて、日本独自に発達していきました。
地位や身分を示す色を「位色」の規制は名目上存在してはいますが、次第に実質的には何の意味もなさなくなり、女性の装束に代表されるような日本独自の繊細で美しい色彩文化が平安時代に花開くのです。
平安時代の染織品は、現在ほとんど見ることはできませんが、この時代が残した美の意識や色彩が文献の随所にあらわれており、その美の創造性を高く評価することができます。 続きを読む
陰萌黄色は、染め色としては萌黄の黒味を帯びた色です。 続きを読む
蓮(学名Nelumbo nucifera)は、ハス科ハス属の耐寒性落葉多年草の水生植物です。
インドやその周辺地域が原産地とされ、世界中の熱帯や温帯地域の蓮田、泥沼、池、水田で栽培されています。
蓮(はす),Nelumbo nucifera,Shin-改, Public domain, via Wikimedia Commons,Link
英名ではロータス(Lotus)と呼ばれ、大きな葉を乾燥させたものは漢方薬の「荷葉」の原料となります。
地下茎は、泥の中を這うように延び、秋の終わりに地下茎の先が太ってレンコン(蓮根)ができます。
花は、7月〜8月に咲き、多数の花弁が重なり合い、桃色や白色の花をつけます。
花が散ったあと、花床は大きくなり、蜂の巣のような穴の中に果実をつけます。 続きを読む