葡萄(ブドウ)は、乾燥した土地でも育ち、ワインの原料にもなるため、人類にとって日常生活に欠かせない果物として扱われてきました。
紀元前1425年ごろに製作された、エジプト第18王朝時代の「ブドウ摘み」と題する壁画があります。
二人の男がブドウ棚からブドウを摘んでいる図で、この頃にはすでに栽培が農作業として行われていたことがわかります。

ぶどう(葡萄),eflon (Alex from Ithaca, NY), CC BY 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>, via Wikimedia Commons,Link
目次
デザインにおける葡萄唐草(ぶどうからくさ)

葡萄唐草(ぶどうからくさ)がデザインされた伊勢型紙
唐草模様にブドウの実や葉をつけた文様(模様)を、葡萄唐草と呼びます。
葡萄をモチーフとした装飾模様は、古くからブドウの栽培が盛んに行われてきたギリシャやローマを中心とした地域で発達していきましたが、古代イラン地方でもまた、柘榴ともに瑞果文として用いられていました。
ローマ帝国の皇帝であったコンスタンティヌス1世の娘コンスタンティナ(354年没)の石棺には、葡萄唐草の模様の内側で、ブドウを収穫する天使たちと孔雀と羊が精巧に描かれています。
コンスタンティナの石棺,Sarcophagus of Constantina,Sailko, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons,Link
古代ギリシャやローマにおいて、ブドウは重要な役割を果たしたにも関わらず、染織模様としては見ることはできず、葡萄唐草が染織品にも使用されるようになったのは、3世紀にパルティアに代わりイラン高原を支配した農耕イラン系国家であるササン朝のペルシアやシルクロードを経た唐の都でした。
ヨーロッパにおける葡萄唐草(ぶどうからくさ)
ヨーロッパにおいては、古くに葡萄唐草として東洋に伝わっていった模様が、染織模様として登場するのは近世に入ってからのことです。
19世紀初頭のナポレオン帝政下では、ギリシャ・ローマの古典様式が復活したときで、その一連としてブドウ模様が姿をみせます。
19世紀後半にアーツ・アンド・クラフツ運動(Arts and Crafts Movement)を主導したウィリアム・モリス(1834年〜1896年)は、「ざくろ」や「りんご」などの果物をモチーフとした壁紙を作っていますが、「ぶどう」を唐草状の密集した草花として描き出しています。

Morris & Co., Public domain, via Wikimedia Commons,Link
日本における葡萄唐草(ぶどうからくさ)
日本には、奈良時代頃に原産地からシルクロードを経て、唐(中国)からブドウが伝わったとされます。
日本の正倉院や法隆寺には、葡萄唐草の錦や綾があります。
日本における最古の燻革として東大寺に所蔵される「葡萄唐草文染韋」は、奈良時代に作られたもので、松葉の煙によるものだと推定されています。

葡萄唐草文染韋,Public domain, via Wikimedia Commons,Link
正倉院の「紫地鳳形錦御軾」には、葡萄唐草の円の中に、鳳凰が描き出されています。
日本で織り出されたものとも考えられ、もしそれが本当であれば8世紀ごろにはブドウの染織模様がデザインのひとつにあったことになります。
日本の色名に、ヤマブドウの実が熟したような赤紫色のことを表す、葡萄色があります。
葡萄色は、必ずしもブドウを使用して染めた色名ではなかったと考えられますが、日本の色名には染める材料がその色名になっている場合が非常に多く、ブドウを染色に用いていた可能性が十分にあります。
関連記事:染色・草木染めにおける葡萄染(えびぞめ)。葡萄蔓(えびづる)を利用した染色方法について
ブドウが染織模様に使用され始めるのがいつかははっきりしませんが、安土桃山時代(1568年〜1600年)に製作された能装束で国宝の「摺箔 紫地色紙葡萄模様」が現存しています。
えび色と摺箔で織り上げた気品に満ちた柄で、現存する摺箔の作品中でも最高位に位置付けることができる品です。
ブドウ柄は、安土桃山時代から江戸時代初期に流行し、デザインの一つとして定着していきました。
海獣葡萄唐草文(かいじゅうぶどうからくさもん)
中国唐代(7世紀〜8世紀)にかけて盛んに作られた銅鏡の一種である「海獣葡萄鏡」にある模様(文様)を、「海獣葡萄唐草文」と言い表します。
内円・外円とも、鈕を中心に葡萄唐草を一面にめぐらし、その中に海獣や鳥が配されています。
海獣は、しばしば獅子と同一視される中国の伝説上の生物である狻猊が一般的に用いられました。
海獣葡萄鏡は、正倉院や法隆寺などにも方鏡の蔵品があります。
【参考文献】『月刊染織α1986年1月No.58』