エビ(海老)は、「海の翁」と呼ばれ、不老長寿の象徴とされ、瑞祥(めでたいことが起こるという前兆)の意味でデザインに用いられてきました。 続きを読む
エビ(海老)は、「海の翁」と呼ばれ、不老長寿の象徴とされ、瑞祥(めでたいことが起こるという前兆)の意味でデザインに用いられてきました。 続きを読む
手毬は、丸めた綿芯の上を色糸で美しくかがった玩具(おもちゃ)です。
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琉球藍は、キツネノマゴ科の常緑草で、沖縄や台湾などの温かい暖地に自生します。
収穫した葉と茎を水に浸して発行させた後、石灰を加え、その上澄液を捨て、底に泥状に沈殿した青藍(泥藍)を藍瓶に入れて染めます。
製法が中国から伝わったことから唐藍と呼ばれたり、馬藍、山原藍などとも言われていました。 続きを読む
桑は、クワ科の落葉喬木で中国において古代染料の一つとして使用され、漢方にも用いられてきました。
葉は蚕の重要な飼料となりますが、養蚕以外にも、枝や根皮を煎じて利尿薬、鎮咳剤、養毛料、便秘薬など、さまざまな用途に薬用として利用されていました。
幹は直立して高さ10メートルほどにも成長しますが、栽培種は毎年、木の枝が刈られるので低い木にみえます。
蚊帳は、蚊屋とも表記し、夏に蚊を防ぐために麻や木綿で作った寝床を覆うものです。 続きを読む
蝶の形を図案化した蝶文(胡蝶模様)は、古くから世界中で使用されてきました。 続きを読む
楓が色づいた紅葉を愛でる様子は、古くから歌や絵画に表現されています。
楓を模様化(文様化)した楓文は、掌状(指を開いた手のひらの形)の葉の美しさと、秋に見事に紅葉することから染織品のデザインに多く用いられてきました。 続きを読む
「阿波の藍か、藍の阿波か」といわれていたほど、阿波藍は歴史的に全国的な名声を博していたことで知られています。
現在の徳島県では、鎌倉時代ごろから藍作の歴史が始まったとされます。
元禄時代(1688年~1703年)ごろから、畿内(現在の京都、奈良、大阪、兵庫、滋賀)を中心として木綿の生産が飛躍的に発展したことから、阿波藍の需要が急増し、それを一つの契機として阿波が全国の藍生産の中心地となっていったのです。
徳島藩が阿波北方と言われた吉野川下流域の農村で生産された「藍」からあがる莫大な租税で、近世を通じて「富裕藩」と言われ、多くの諸藩から羨望されていたことが知られています。
徳島において藍の栽培が盛んになった理由を、いくつか挙げることができます。 続きを読む
江戸時代後期から明治、大正、昭和の時代にかけて、庶民の間でとりわけ親しまれた織物に絣があります。
織物の組織としては、絣は平織りと繻子織りにみられます。
絣は「綛」や「纃」とも表記し、中国では「飛白」、マレー語の「イカット(ikat)やフランス語の「シネ」もそれぞれ絣模様の織物を表します。 続きを読む