愛染明王(あいぜんみょうおう)とは?愛染明王が藍染・染色業者に信仰されるようになった理由


古くから、職人と呼ばれる手工業者たちは、守護をしてくれる神仏をまつっていました。

同業者同士で信仰のための組織である「こう」を結成する場合も、数多くありました。

こう」においては、神仏の信仰だけでなく、同業者同士、技術の向上や保護を目的に活動したり、互いの結束を強める役割もありました。

染色職人、とりわけ藍染に関わる人々は、仏教の愛染明王あいぜんみょうおうを信仰し、同業者が集って、「愛染講あいぜんこう」を結成していました。

愛染明王(あいぜんみょうおう)とは?

愛染明王あいぜんみょうおうは、古代インドのサンスクリット語(梵語ぼんご)でラーガラージャ(rāgarāja)といい、ラーガとは、赤色・愛情・情欲などの意味を持ちます。

そこから、愛染明王あいぜんみょうおうとは、愛の仏として知られ、人間の愛欲などの欲望でさえ仏心ぶっしんに通じるものであるということを教える仏であると考えられています。

他方で、子孫繁栄を約束するなど、さまざまな祈願をかなえる仏としても信じられていました。

愛染明王, Rāgarāja, Kamakura period

愛染明王, Rāgarāja, Kamakura period,Tokyo National Museum, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons,Link

日本における愛染明王あいぜんみょうおうの信仰は、空海くうかい弘法大師こうぼうだいし)がとうから帰国する際に、請来しょうらい仏像ぶつぞう経典きょうてんなどを請い受けて外国から持って来ること)したことに始まると伝わっています。

『阿州藍奥村家文書 第五巻』に記載されている、「蜂須賀逢庵光明録」には、愛染明王について以下のような記述があります。

愛染明王あいぜんみょうおう福利ふくり増進ぞうしんせしめらる功徳くどくあり愛敬あいぎょうの神として和親わしんをもつかさとり父子の親、夫婦の愛も皆愛染明王あいぜんみょうおうたまものにして人の尊敬を受くるもその霊験れいげんに在りとし古来れを崇信すうしんするもの多くみかど染殿そめどの明王みょうおうをいつきしも然るが故なり『阿州藍奥村家文書 第五巻』

上記の引用では、愛染明王あいぜんみょうおうが敬愛の神とされ、多くの御殿ごでんにあった染殿そめどの(古代において、朝廷や貴族の家、寺社などに造られ、糸や布地を染めるために用いた建物)において大切にまつられてきたというように記述されています。

愛染明王の特徴

愛染明王あいぜんみょうおう特徴としては、その姿である三眼六臂さんがんろっぴにあります。

3つのは、法身ほっしん(永遠の真理を悟った仏そのもの)、般若はんにゃ(仏の智慧ちえ)、解脱げだつさとり)を意味し、悪魔や敵を降伏ごうぶく(こうふく)させる力があるといいます。

」はひじ・腕のことで、六臂ろっぴのうち五臂ごひには、それぞれ鈴・五鈷杵ごこしょ・弓・矢・蓮華れんげを持ち、一つの腕には、何も持たずにこぶしの形になっています。(四臂の場合や持ち物が違う場合もある)

愛染明王, Rāgarāja,Buddha statue in the Tokyo National Museum - DSC00047

,Andrew and Annemarie, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons,Link

愛染明王あいぜんみょうおうの身体は赤く、火炎を背負っています。

蓮華れんげの形に作った台座(蓮台れんだい)に座り、台座を支えているその下には壺のような宝瓶ほうびょうあります。

宝瓶ほうびょうの下には、貝や、ほのおのような飾りを付けた緑の宝珠ほうじゅがいくつかあります。

口は開き、頭には獅子ししかんむりをかぶり、髪の毛は逆立ち、ひどく怒った顔をしています。

これらの外見は、慈悲の心が激しく、強さを表しているようです。

愛欲の仏様としての愛染明王あいぜんみょうおうは、一般的には水商売の人に信仰されていたようですが、染色業者の信仰の対象にもなったのです。

愛染明王が藍染・染色業者に信仰されるようになった理由

愛染明王あいぜんみょうおうが染色業者、とりわけ藍染の仕事に関わる業者に信仰されるようになった理由として、いくつか挙げられます。

一つ目が、音に合わせた語呂ごろあわせによるものです。

愛染あいぜんの「愛(アイ)」と藍染の「藍(アイ)」の発音が同じであり、愛染あいぜんという字が「アイゾメ」とも読めるためです。

二つ目が、台座の下にある宝瓶ほうびょうを藍の液が入る藍甕あいがめに見立てたためです。

愛染明王像-Aizen Myōō MET DT215134

愛染明王像,Metropolitan Museum of Art, CC0, via Wikimedia Commons,Link

また、愛染明王あいぜんみょうおうがすべてのものに色彩を与える力を持つとされていたため、結果的に色に関係する人々の信仰の対象になったとも考えられています。

上記でも引用した、『阿州藍奥村家文書 第五巻』に記載されている「蜂須賀逢庵光明録」にも、藍業者と愛染明王の関係について以下のような記述があります。

藍業者にてはらにその信念を一層あつからしめ愛染と藍染を國音こくおん相通あいつうずるをもっれに葉藍はあい供齋ぐさいせば必ず優美なる製藍を得るのみならず浸染しんせんても佳良かりょうなる色澤しきたくを出すと今も祭祀さいしを怠らざりしなり『阿州藍奥村家文書 第五巻』

上記の引用では、愛染と藍染の読みが相通じることから、葉藍を愛染明王あいぜんみょうおうに供えることで、藍染の原料を作る段階では、より良い製藍ができるとされたり、染めにおいても良い色を出せると信じられていたことがわかります。

日曜寺の愛染明王

日本においては、さまざまな場所で愛染明王あいぜんみょうおうまつられてきましたが、古くから愛染明王を大切にまつってきたお寺として、東京都板橋区にある真言宗
しんごんしゅう
光明山こうみょうざん日曜寺にちようじ」がよく知られています。

真言宗光明山「日曜寺」Webサイト:https://nichiyouji.or.jp

日曜寺は、古くから「板橋の愛染さま」として親しまれてきたお寺で、江戸市中の染色業者からの信仰を集めていました。

日曜寺にちようじというお寺の名前も、愛染明王あいぜんみょうおうに由来しているようです。

色や色彩を支配する愛染明王あいぜんみょうおうは、偉大な太陽を意味する大日如来だいにちにょらいと同体と考えられ、太陽神が広く信仰されていた時代は「日曜日」が礼拝日であったという点に、日曜寺にちようじという名前の由来があるようです。

藍問屋や紺屋こうや、藍の栽培農家、藍染の布を織る人などによって「愛染講あいぜんこう」 が結成され、講員とともにし、特定の縁日に日曜寺にお参りし、家業繁盛を祈願していたのです。

職人の信仰

染色・藍染業者における愛染明王あいぜんみょうおうへの信仰のように、他の職種でもそれぞれ信仰する対象がありました。

例えば、大工や左官さかん桶屋おけやや畳屋などの建設や木工に関係する職人は太子講たいしこうを結成し、神仏をまつっていました。

鋳物師いもじ鋳物いものを生産する技術職)や鍛冶屋かじやなどの金属を扱う関係者は、金山講かなやまこうを組織しました。

毎年決められた期日にこうの組員が集まり、神仏をまつり、それとともに製品の価格や職人の賃金協定など、仕事に関することも相談し合っていました。

この組織は、後の協同組合的な性質を持ち合わせていたのです。

染色業者においても、更紗さらさを仕事にする職人は、太子講たいしこうを結成する場合もあったようです。

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【参考文献】

  1. 『埼玉県民俗工芸調査報告書 第1集 長板中型』
  2. 『阿州藍奥村家文書 第五巻』

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