染色・草木染めにおける葛(くず)。薬用効果や歴史について


くずは(学名Pueraria lobata. )、日本全土で見られるマメ科の多年草で、くきはつる状に伸びて長さは10メートル以上にもなります。

くずは、染料植物としての歴史はほとんどありませんが、日本や中国では人々の生活において、様々な分野で活用されてきた有用植物です。

夏から秋にかけて、20cmくらいの花序かじょを出し、赤紫がかった蝶形花ちょうけいかが下方から順に咲いていきます。

葛(くず),Pueraria montana var lobata kudzu Flower20170827 IMG 1664

葛(くず)Pueraria lobata,あおもりくま, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons,Link

くずは、土手や荒地など日当たりの良い斜面によく見られ、繁殖力があり、長いつるを伸ばして他の草木を覆い隠すので、厄介な雑草として扱われることもありますが、はるか昔の万葉頃からの秋の七草の一つに数えられ、親しまれてきました。

染色・草木染めにおける葛(くず)

くずの染料としての活用において、歴史的に古い記録などは見つかっていません。

山崎青樹著『草木染の事典』において、「緑葉を染色に利用する。アルミナ媒染で黄色、銅媒染で裏葉色うらばいろを染める」とあります。

裏葉色うらばいろ(うらはいろ)とは、葉の裏側の渋くくすみ、白っぽさを感じるような薄緑色のことです。

裏葉色うらばいろは、くずの葉の葉裏に由来する色とも言われています。

日本における葛(くず)の歴史

7世紀後半から8世紀後半にかけて編集された、現存する日本最古の歌集である『万葉集まんようしゅう』には、久受くず真葛まくず田葛くずなどと記して、くずに関する18首の歌があります。

くずのたくましく伸びる性質から、枕詞まくらことば比喩ひゆとして歌われているものが多くあります。

くずのつるは、強くてしなやかで、物を縛るのには欠くことのできない生活資源でした。

くずのつるの繊維をとって織った織物は、葛布くずふと呼ばれ、日本において古くは庶民の衣類の素材になっていました。

青く染められた葛布 岡村吉右衛門(著)『庶民の染織』

青く染められた葛布 岡村吉右衛門(著)『庶民の染織』

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『万葉集』の歌には、「をみなへし、佐紀沢さきさはの、真葛原まくずはら、いつかもりて我がころもに着む」とあります。

意味は、「女郎花おみなえしの咲いている佐紀沢さきさわのほとりの真葛原まくずはらくずを、いつ糸にして私の衣にできるだろうか」というようになり、葛が衣類に使用されていたことがわかります。

残っている資料では、『源平盛衰記げんぺいせいすいき』に源頼朝みなもとのよりともが、葛布くずふはかまを着用したという記事があります。

葛布くずふは、防寒性は低いですが、丈夫でさらりとしていて湿気を防ぐので、盛夏の衣料としては重宝されていました。

葛布くずふの製造は、静岡県の掛川かけがわが歴史的にも有名です。

鎌倉後期の歌人、冷泉為相れいぜいためすけ(1263〜1328)は、「これもこの ところ習いと 門毎に 葛てふ布を 掛川の里」(『夫木和歌抄ふぼくわかしょう』)と詠んでいます。

葛(くず)の薬用効果

くずは、長い根をもっており、根を乾燥したものが漢方薬の葛根かっこんになります。

葛根かっこんは、日本では多くの民間療法に使用され、漢方では発汗、解熱、鎮痛薬などに使用され、よく知られている葛根湯かっこんとうは頭痛や発熱、神経痛、麻疹など幅広い症状に対して使用されます。

中国最古の薬物書である『神農本草経しんのうほんぞうきょう』には、漢方処方の要薬の一つとして、葛根かっこんが収載されています。

中国では葛の花を葛花くずばなと称し、『名医別録めいいべつろく』(1〜3世紀頃)にも記載されている歴史の古い生薬として、二日酔い、頭痛、嘔吐、血便などの治療に用いています。

日本の平安時代における薬物辞典であった『本草和名ほんぞうわみょう(918年)』や平安時代の漢和辞書である『和名類聚抄わみょうるいじゅしょう倭名抄わみょうしょう)(931年~938年)』にも葛根かっこんについての記載があるため、この時期にはすでに薬物としての利用の知識が日本に伝えられていたことがわかります。

平安時代にまとめられた三代格式さんだいきゃくしきの一つである『延喜式えんぎしき』(927年)には、紀伊きい(和歌山県と三重県南西部)、伊勢いせ(現在の三重県中央の大部分)、近江おうみ(現在の滋賀県)、山城やましろ(現在の京都府南部)の諸国から葛根かっこんが、朝廷に献上されていたことが記載されています。

安芸あき(現在の広島県西部)、土佐とさ(現在の高知県)、岩狭わかさ(現在の福井県南西部)、紀伊きいの諸国からは、葛花くずばなが、同様に献上されていたことが記載されています。

くずの根には、大量のデンプンが含まれ、ダイジン、ダイゼインなどのイソフラボン配当体なども含まれ、これらの成分に鎮痛作用があるとが知られています。

食用としての葛(くず)

葛粉くずこ、すなわち葛のデンプンは、非常に質がよく、古くから数々の料理やお菓子に利用されています。

Funabashiya Kuzumochi

船橋屋のくず餅,Funabashiya Kuzumochi,カイロス, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

葛水くずみずは、昔は上品な清涼飲料として飲まれ、葛湯くずゆは、滋養料じようりょうとして重宝され、葛餅くずもち葛飴くずあめ葛粽くずちまき葛切くずきり葛煉くずねりなどは食べ物としてよく知られています。

葛粉くずこは、昔から大和国やまとのくに(現在の奈良県)の吉野葛よしのくずが有名で、現在でも奈良県宇陀市うだしは特産地として知られています。

今日市販の葛粉くずこと称するものは、馬鈴薯ばれいしょ甘諸澱粉かんしょでんぷんである場合が多いです。

くずの葉には、アデニン、アスパラギン、グルタミン酸、酪酸らくさんなどが含まれています。

新芽を茹でて和物にしたり、塩漬けにしたり、乾燥して粉末としてご飯に混ぜたりします。

くずは、人々の生活において、非常に関わりのある有用な植物であったのがよくわかります。

【参考文献】『月刊染織α 1982年No.20』


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