ウールやシルクなどの動物性の繊維であれば、比較的かんたんに染められますが、木綿を草木染めする場合は非常に難しいです。
草木を煮出して染め液を抽出しない藍染であれば、木綿との相性が良いのでよく染まりますが、いわゆる草木染めのなかでは特殊な例となっています。
一般的な煮出して染めるような草木染めは植物性の繊維に染まりづらいので、木綿や麻などの植物性の繊維を染めるためには特殊な下処理が必要です。
木綿を草木染めで染色する場合、例外的に絹よりよく染まることもありますが、基本的には絹に比べて染まりが悪く、染まったとしても淡くしか染まりません。
目次
木綿や麻が草木染めで染まりにくい理由
綿や麻などの植物繊維と、シルク(絹)やウールなどの動物繊維は、繊維の性質が全く異なるため、染料の染まりやすさや薬品に対する性質が違ってきます。
シルク(絹)は、フィブロインというタンパク質からできており、水中において⊕または⊖にイオン化(電気を帯びる)する性質があります。
そのため、シルク(絹)は各種の染料に対して染まりやすく、金属塩やその他の薬品を吸収したり、反応する性質に富んでいます。
一方、木綿は、グルコースが数多く結合したセルロースであり、分子中に絹のようにイオン化する部分を持っていないため、煮出して染めるようないわゆる草木染めで染まりにくい性質があります。
また、繊維の構造も木綿は緻密な結晶構造の部分と、そうでない部分があり、結晶部分には染料が浸透しにくくなっています。
草木染めで木綿を染める方法
木綿を草木染めで染める方法として、おおまかに6種類に分類できます。
- 濃染剤を使用したカチオン化→染色→媒染
- 染色→媒染の繰り返し
- 豆汁や牛乳などのタンパク質で下処理→染色→媒染
- ロート油→媒染→染色
- タンニン酸→媒染→染色
- 媒染→固着→染色
1.濃染剤(のうせんざい)を使用したカチオン化→染色→媒染
木綿にカチオン性の助剤(濃染剤)を吸収、固着させることによってアニオン性の染料の吸収を良くする方法です。
この方法は、下処理に濃染剤(カチオン化剤という界面活性剤の一種)と呼ばれる薬品を使用しますが、その点が気にならなければ、木綿を草木染めで染める方法としては、簡単に濃く染まるため、最も効率的で手間のかからない方法なのでおすすめです。
濃染剤で下処理し、カチオン化した木綿はよく染まるため、比較的少量の染料で濃く染めることができます。
欠点としては、染まりが良いためムラができやすくなるので、低温から染めはじめて、糸や衣類などを染め液の中で よく動かしながら温度を上げていく必要があります。
通常の染色→媒染では吸収しない色素成分も染まる場合があるため、染料によっては色合いが変化します。
SEIWAが出している濃染剤であるディスポンの使い方は、以下の通りです。
【使い方】
- 80~90℃の熱湯を用意します。熱湯1ℓにディスポンを3~4㎖入れます。
- 布や糸を広げて入れ15~20分間よく動かします。
- 取り出して水洗してから染色します。※型染は、型糊の硬さを水で調整してからディスポンを2%加えて型置きします。乾燥後30分間蒸しよく水洗してから染色すると、型模様が濃く染まります。※沈殿が生じる場合は、上澄みをご使用ください。
2.染色→媒染の繰り返し
染色と媒染の繰り返しは、草木染めで行われる基本的な染色方法ですが、木綿では基本的に染料の染まりが悪いため、染まったとしても淡くしか染まりません。
染まりづらいということは、染めムラにはなりにくくので、淡色染めには適しているとはいえます。
ただ、濃く染めるためには、染色→媒染の工程を何回も繰り返す必要があり、染料が無駄になったり手間がかかります。
コチニールやラックダイ、蘇芳などの木綿に染まりにくい染料では染め重ねてもほとんど濃くならず、無理に濃くしようとすると染めムラが発生する可能性が高くなります。
染色してから媒染の繰り返す方法は、草木染めを熟知している人が行えるような方法ですので、初心者にはおすすめできません。
3.豆汁や牛乳などのタンパク質で下処理→染色→媒染
木綿の表面に大豆をすりつぶしてできた豆汁や牛乳などのタンパク質を付着させることによって、絹と同じような染まりやすさを木綿に与える方法です。
日本では、大豆を水ですり潰した液体である豆汁が、草木染めをする繊維の下地としてよく用いられていました。
関連記事:染色・草木染めにおける豆汁(ごじる)の効用。豆汁(呉汁)の作り方について
豆汁や牛乳などのタンパク質を付着させてから染色すると、染料や媒染剤の吸収が良くなり、濃く染めることができます。
例えば、ハンカチを染める場合ですと、豆汁に浸けてから天日で乾燥させる工程を数回繰り返してから、染めるといったような流れです。
欠点としては、絞り具合が不均一であったり、乾燥させる際に均一に乾かさないと、染めムラが出る可能性があり、摩擦によって色落ちがしやすく、生地自体の風合いが固くなるなどが挙げられます。
4.ロート油→媒染→染色
ロート油を使用する方法は、油媒と呼ばれます。
この染色方法はあまり一般的ではなく、初心者には難しいです。
木綿は絹のように媒染剤を吸収する性質がないため、ロート油に浸け、均一に絞ってから乾燥させ、乾燥後に媒染液につけることで媒染剤が木綿に固着します。
この方法では、先に媒染するため、染液で染まり具合を見ながら染色することができます。
ロート油は、ヒマシ油を硫酸化し、苛性ソーダで中和し、水溶性にしたもので、トルコ赤油(Turkey Red Oil)とも呼ばれ、茜の下漬として19世紀の中頃から使用されていました。
ロート油で下漬け後、自然乾燥しますが、均一にロート油を広げるのが難しい場合、染めムラが出やすくなります。
5.タンニン酸→媒染→染色
媒染剤を木綿に固着させるため、ロート油の代わりにタンニン酸(五倍子から抽出し精錬したもの)を使用する方法です。
タンニン(タンニン酸)は、染色・草木染めにおいて非常によく知られている成分で、タンニンの定義としては、「植物界に広く分布し、水に良く溶け、収れん性の強い水溶液を与え、皮を鞣なめす作用を有する物質の総称」とされています。
タンニン酸は、ロート油と違い木綿に吸収されるため、染めムラが出にくく、均一に媒染剤を固着させることができ、木綿に対して染まりの悪い染料や先媒染が必要な染料で染める場合の下処理に活用できます。
媒染剤において、錫やアルミ媒染ではタンニン酸によって色はほとんど染まりませんが、銅やクロム、鉄などの媒染剤では淡い茶色や淡い黒色に発色するため、その上から染料で染めていく形になります。
欠点としては、タンニン酸と染め重ねる染料の両方が木綿に染まることになるため、生地の風合いが固くなったり、タンニン酸が染まった色が影響し、染まり上がりの色が、使用する染料によってくすんだような(にごる)色合いになる可能性があります。
タンニン酸を使用する場合、錫やアルミ媒染では無色に近いため、タンニン酸の代わりに他の木綿に比較的染まりやすいタンニンを含む染料で染色し、錫orアルミ媒染した後、茜やコチニールといった染料で染め重ねる方法もあります。
例えば、橙色を染める場合、タンニン酸→アルミ媒染→茜→槐という工程ではなく、槐(タンニンを含む染料)→アルミ媒染→茜といった工程でも染められます。
インドにおけるタンニンでの下処理
インドでは牛乳やヤギの乳に、ザクロやミロバランの木の実を煮つめた液を混ぜたものを、草木染めの下処理に使用していました。
ミロバラン(myrobalan)は、シクンシ科で10m〜20m程の高さになる落葉樹で、インド木綿更紗の下地染めにその木の実が使われてきました。
ミロバランは、タンニンを多く含んでおり、金属イオンが付きやすくなるので、木綿や麻などの植物繊維も染まるようになります。
ミロバランの液に浸してから、しっかりと絞り、天日の元でしっかりと乾燥させた後に、染色していきます。
インドでは、ミロバランのタンニンと牛乳のタンパク質という色を定着させやすい要素を一緒にプラスすることで、色が染まる下地をつくっていたのです。
媒染には、ミョウバンに炭酸ソーダを10%ほど混ぜたアルカリ性のミョウバンを使用したりします。
6.媒染→固着→染色
木綿は、媒染液につけてから水洗いすると、ほとんどの媒染剤が流れ落ちてしまうように、そのままでは十分に媒染剤を固着させることができません。
非常に高濃度な媒染液に木綿を浸し、均一に絞り、すぐに乾燥させたあと、酸やアルカリ、塩などの液に通すことで媒染剤を固着させることができます。
媒染剤の種類によってさまざまな方法がありますが、固着処理によって、金属が水酸化物として木綿に固着されるのです。
この方法では、媒染剤の濃度が薄いと染料の染まりが悪く、逆に極端に濃すぎると木綿の表面に媒染剤が多量に付着するため、糸や布の風合いが悪くなったり、染色中の摩擦で色がはげ落ちでしまう可能性があります。
染めムラにならないように、低温から染め始め、染めるものをよく動かしながら温度を上げていくことが大切です。
タンニン酸やロート油などの前処理してから媒染する方法より楽で、比較的濃く染めることができます。
草木染めで染まりやすい植物繊維
多くのタンニンを含む繊維は、植物繊維であっても、草木染めで染まりやすい条件があるといえます。
例えば、芭蕉(バナナ)の繊維は、タンニンをよく含む植物としても知られています。
【参考文献】
- 岡村吉右衛門(著)『世界の染物』
- 『月刊染織α1985年No.54』