茜を染料とした後染め織物である南部茜染(なんぶあかねぞめ)

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現在の秋田県鹿角市花輪にて、茜を染料とした後染め織物が生産され、南部茜染なんぶあかねぞめなどとも呼ばれていました。

茜を染料とした後染め織物である南部茜染(なんぶあかねぞめ)

花輪周辺に自生しているアカネ(茜)を染料とし、同じく自生するサワフタギ(錦織木にしきおりぎ)の灰汁あくを媒染剤として染色が行われていました。

古くからこの地域では茜染が行われていたとされ、藩政時代には藩の保護を受け、製品は将軍家や他の藩への献上品となっていました。

明治時代以降、藩の保護がなくなり、化学染料の普及によって急速に衰退していきました。

1834年にドイツの科学者ルンゲがアニリンブルーを発明して以来、化学染料が次々と開発され、1884年、ドイツのベーチゲルによって、直接染料が発明され、現在知られている化学染料の多くは出揃っています。

日本においては、明治時代に入ってからだんだんと化学染料が普及していき、1916年に創設された日本染料製造株式会社が日本において初めてできた化学染料会社です。

参照:縞帖(縞帳)とは?縞帖(しまちょう)の特徴から手紡ぎ糸から紡績糸へ、天然染料から化学染料への変化を読みとる

南部茜染なんぶあかねぞめの織物には、古くから大枠、小枠、立湧、花輪などの素朴な柄が表現されてきました。

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