日本古代の色彩は、薬草と考えられる草木で、草木の中に存在する木霊に祈りつつ染付けがされていました。
飛鳥時代(592年〜710年)、奈良時代(710年〜794年)平安時代(794年〜1185年)の色彩の代表的なものに紫色があります。
紫根染めされた色の総称として「紫」が多く使われていましたが、呼び名は単に「紫」とひとくくりではありませんでした。
深紫(こきいろ)・黒紫(ふかむらさき・くろむらさき)・浅紫(うすいろ・あさきむらさき)中紫(なかのむらさき)・紫・深滅紫(ふかきめつし・ふかけしむらさき)・中滅紫(なかのめつし・なかのけしむらさき)・浅滅紫(あさきけし・あさきけしむらさき)など、さまざまな名前で表現されたのです。
それぞれの紫色の色彩について、取り上げます。
目次
紫色の元になる紫根とは
古くから使われれる紫根は、ムラサキ科の多年生植物である紫草の根で、染料としては乾燥したものを使用します。
奈良時代には、相当自生していたようですが、平安時代に入ると自生種も少なくなり、栽培種の方が多く使われるようになりました。
薬効としての言い伝えでは、根を煎じて飲むと解熱や利尿効果があり、粉末が切り傷や痔などの塗り薬として重宝されました。
江戸時代の薬種問屋では、色素の多いものは染色用にし、色素が少ないかまたは黒い紫根は医療用にと分けていたことが文献に出てくるようです。
深紫(こきいろ)
深紫は、日本古代の代表的な色彩で、濃色(こきいろ)と書くこともあります。
紫根から抽出された液で染め重ねた濃い紫色で、色相の奥に青味を感じ、日光に当たることによって紫色の表面が赤紫に輝く特徴があります。
古くから「朝、むらさき。夕、べに」という言葉がありますが、紫が朝日に照らされると特に美しく、紅が夕方に輝いて見えるため、この格言が生まれたとも言われています。
鉄漿(ふしかね)は、五倍子(ふし)の粉末を鉄汁に浸してつくった黒色の染料で、古くはお歯黒にも使用されていました。
黒紫(ふかむらさき・くろむらさき)
飛鳥時代(592年〜710年)、奈良時代(710年〜794年)には、黒紫という色彩がありましたが、この時代の黒紫は深紫(ふかむらさき)と同じものと考えられています。
平安時代中期以降になってから、鉄漿(ふしかね)と、蘇芳(すおう)で染め重ねたものが黒紫(くろむらさき)として、深紫の代替色とされたようです。
色目的には深紫というよりは、黒味のある紫色だったようです。
浅紫(うすいろ・あさきむらさき)
浅紫は紫根で染めた紫色で、染める回数が少ないので色の濃度が低く、薄色(うすいろ)と書いてあることもあります。
深紫が濃色(こきいろ)で、浅紫が薄色(うすいろ)とされていたのは、紫色が色彩の代表として最高の地位にあったためです。
紫根草は、藍染と同じように表面に染めていくため、摩擦に対する堅牢度はそれほど高くありません。
中紫(なかのむらさき)・紫
紫根で染めた中紫(なかのむらさき)・紫は、深紫と浅紫の中間の色彩です。
京都で染めた紫の意味で、京紫がありましたがその色目に近いとも言われます。
深滅紫(ふかきめっし・ふかけしむらさき)
「滅紫」は、灰色がかった暗い紫色の意味ですが、紫根と灰汁で染められる、黒青味のある濃い紫色は深滅紫と呼ばれました。
深滅紫は、紫色をまとうことを許された人々が、外出用の衣類として用いていた色彩であったようです。
名称としては、文献が残っている古いものでは「延喜式」が初めての記載ですが、飛鳥時代から使用していたとされます。
延喜式は、奈良・平安時代の国家制度を知る根本法典として、927年に完成し967年施行されました。
日本古代史の研究に不可欠な文献で、染織物の色や染色に用いた染料植物が詳しく書き残されています。
関連記事:古代日本人の色彩感覚を延喜式から読みとる。衣服令(服色制)と草木染め。
中滅紫(なかのめっし・なかのけしむらさき)・浅滅紫(あさきけし・あさきけしむらさき)
中滅紫、浅滅紫は、滅紫の色の濃度によって名付けられた名称です。
日本古代の色彩として、現存する紫根染された品々は、そのほとんどが紫色はとどめてはいるものの赤褐色に変化しているため、紫と滅紫を見分けるのが難しい状況です。
媒染で使われた灰汁
「滅紫」は、紫根と灰汁で染められたと上記で述べましたが、灰汁というのは、木や藁(わら)の灰に水や熱湯を加えてかき混ぜ、その後に灰が沈殿してできたアルカリ性の上澄み液のことです。
古くから日本では、紫根のみならず、さまざまな染料の色の調整のために、木灰そのものや灰汁が使用されてきたのです。
小泉武夫著『灰と日本人』には、以下のような記述があります。
染料の調整に木灰を使用する目的は、植物色素を木灰が有効に抽出しうること、木灰またはその灰汁中のアルミナ(酸化アルミニウム Al2O3)やケイ酸などが、色素成分と化学結合することにより、色彩を鮮明にし、これを固定して安定化がはかられること、灰や灰汁の種類や使用量などを変えることにより、系列色を数色多彩にあやつれることなどであります。
灰汁が多いか、少ないかによっても、紫の持つ赤みや青みを加減することができたのです。
灰汁に含まれる金属成分(酸化マグネシウム・酸化マンガン・酸化鉄・酸化アルミニウム)の量の違いによって、色の変化が多少なりとも出てくるため、どのような灰を使うかにも非常に大切な要素だったでしょう。
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【参考文献】『日本古代の色彩と染』