臭木(Clerodendrum trichotomum)は、日本や中国、台湾に分布しているシソ科の落葉低木で、日当たりのよい場所で良く見られ、生長すると2m〜5mほどになります。
属名(学名の前半の部分)のClerodendrumは、ギリシャ語のKleros(運命)とdendron(木)の合字で「運命の木」という意味です。「運命の木」となったのは、ある種類が呪術に用いられたり、医薬として効果があることに由来するという説があります。
クサギ属(Clerodendrum)は、熱帯や亜熱帯地域に分布しており、欧米では花の美しいものは古くから観賞用や庭木にされています。
木の枝や葉をちぎると独特なにおいがするので、臭木という和名がつけられています。臭木の漢名は、臭梧桐で、葉っぱの形が桐の葉を小さくしたように見えることから由来しています。

臭木,I, KENPEI, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons,Link
8月〜9月にかけて枝先に白色〜薄い紅色の花が咲き、花が散ったあとに丸く紫みを帯びた濃い青色の果実が熟します。

臭木,Jean-Pol GRANDMONT, CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons,Link
今回は、草木染めに使用される臭木について紹介します。
目次
臭木の歴史
日本において、臭木は古くから人々に知られていた木です。
新嘗祭や大嘗祭などの儀式には、白酒や黒酒と呼ばれたお酒が供えられましたが、そこには臭木が関係しています。
平安時代にまとめられた三代格式(さんだいきゃくしき)の一つである『延喜式』には、あま酒に臭木を焼いてできた灰(焼灰)を入れたものを黒酒といい、入れない方を白酒としたとの記載があります。
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ただ室町時代以降には、宮廷儀式に用いる祭具が簡略化されていき、供物となる黒酒に入れられた臭木の灰も黒ゴマの粉で代用されるようになったとされています。
平安時代の薬物辞典であった『本草和名(918年)』には、中国の常山や蜀漆の和名に久佐岐を当て、江戸時代の薬物辞典や染めものに関する書物には、「常山の実」として染料に用いられたことが記載されています。
染色・草木染めにおける臭木
わら灰でつくったアルカリ性の水に臭木の果実を入れて煮詰めたあと、濾して染液になったものに何回も浸して染めると、くすんだ緑のような緑青色になります。

Clerodendrum trichotomum,Marija Gajić, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons,Link
上村六郎著『民族と染色文化』には、草木の実を煮出したもので染めると強い青緑色である碧色になり、灰汁媒染でいくらか黄色味が増した青緑色になるとの記載があります。
また、臭木の樹皮を使った染色という例はほとんどありませんが、煮出した液を鉄媒染と灰汁媒染を併用することで黒みがかった茶色である黒褐色に染められるとの記載もあります。
臭木の薬用効果や活用例
臭木は、民間療法として、葉っぱや枝を乾燥させたものを煎じて、リウマチや高血圧、下痢のために内服したり、葉っぱの粉末を酢で練ったものや生葉の汁を皮膚の炎症に塗ったりと、さまざまな形で活用されてきました。
葉っぱには、殺菌作用のあるクレロデンドリンという成分には、血圧の調節作用や動脈硬化や鎮痛作用などがあるとされています。
食用としての臭木
臭木は食用として、飢饉などで食料が不足した際に一時の飢えをしのぐ食糧(救荒植物)の一つに挙げられます。
葉っぱのにおいは、茹でるか蒸すかすると消え、若葉を茹でてアク抜きしてから丸一日水にさらしておくと苦味も取れ、あえものや佃煮、ご飯に混ぜたりもでき、精進料理に活用されることがあります。
新芽は夏から秋になるまで次々と出てくるため、長期間摘み取ることができ、茹でて天日干しして乾燥させたものを保存食として備えたとのいわれもあります。
古くから薬用効果のある植物が染め物にも活用されてきましたが、食用としても活用する例も数多くあるというのは、先人たちの知恵を感じます。
参考文献:『月刊染織α 1981年8月 no5』